1 定義と基本性質

双対空間は、ベクトル空間に対して「そのベクトルを数に写す線形な見方」を集めた空間である。元の空間の元そのものではなく、そこから体の元への線形写像対象にするため、空間の構造を別の角度から記述できる。線形代数では基礎概念の一つであり、解析学や幾何学でも重要な役割を担う。

1.1 双対空間の定義

体上のベクトル空間Vに対し、Vからその体への線形写像全体の集合をVの双対空間という。通常はV*と書く。ここでいう線形写像は、加法とスカラー倍を保つ写像である。

この定義は、元の空間に含まれる各ベクトルを直接扱うのではなく、ベクトルに作用する「観測量」を集める発想に基づく。双対空間は、元の空間の性質を間接的に把握する道具として機能する。

1.2 線形汎関数

双対空間の要素は、線形汎関数とも呼ばれる。これは、ベクトル空間の各元に対して体の元を対応させる線形写像であり、関数の値が一つの数になる点が特徴である。

線形汎関数は、距離や角度そのものではなく、方向や成分に応じた量を取り出す。たとえば、ある座標成分だけを抜き出す写像や、内積によってベクトルの大きさや向きを測る写像が典型例である。

1.3 双対空間がベクトル空間になること

V*には、写像どうしの和とスカラー倍を自然に定めることができる。2つの線形写像f, gに対して、各ベクトルvに対し(f+g)(v)=f(v)+g(v)と定め、スカラーaに対して(af)(v)=a f(v)とする。

この演算は線形性を保ち、V*自体が同じ体上のベクトル空間になることを示す。したがって双対空間は、単なる写像の集まりではなく、独立した線形空間として扱える。

1.4 例

最も基本的な例は、体そのものを1次元ベクトル空間とみなす場合である。このとき双対空間も1次元で、任意の線形写像は定数倍の形に限られる。

また、n次元ベクトル空間では、各座標を取り出す写像が双対空間の典型例になる。これらは基底と結びつき、後に述べる双対基底の出発点となる。

2 基底と双対基底

基底を与えると、双対空間の構造は具体的に記述できる。特に有限次元では、元の基底に対応する双対基底が一意に定まり、座標表示と密接につながる。

2.1 基底からの双対基底の構成

Vの基底をe1, e2, …, enとする。このとき、各iについて、eiに対して1を返し、それ以外の基底ベクトルに対して0を返す線形写像を考える。これらをei*と書くと、{e1*, e2*, …, en*}が双対基底になる。

この構成は、元の基底の各成分を選び取る座標関数を系統的に作る手続きである。双対基底は、基底の情報を別の空間で再現する装置といえる。

2.2 双対基底の性質

双対基底は、元の基底との対応関係が明確であり、任意のベクトルを座標に分解する際の標準的な道具になる。基底が変われば双対基底もそれに応じて変化するが、その変換規則は整然としている。

2.2.1 基底ベクトルとの対応

双対基底は、基底ベクトルに対してクロネッカーのデルタのように振る舞う。すなわち、ei*(ej)=1 if i=j、そうでなければ0である。

この性質により、各双対ベクトルは特定の基底成分だけを抽出する。したがって、ベクトルの記述と線形関数の記述が一対一に対応しやすくなる。

2.2.2 座標表示との関係

ベクトルvがv=Σaieiと表されるとき、ei*(v)=aiとなる。つまり、双対基底は座標係数そのものを返す。

このため、双対空間を用いると、ベクトルの座標表示を写像の評価として理解できる。線形方程式や行列計算では、この見方が計算の整理に役立つ。

2.3 有限次元の場合の特徴

有限次元ベクトル空間では、元の空間と双対空間は同じ次元を持つ。したがって、どちらも基底を通じて同程度に扱いやすい。

だし、両者が自然に同一であるとは限らない。対応を作るには基底や追加構造が必要であり、次の節で述べる自然な埋め込みや反双対空間との関係が重要になる。

3 自然な写像と反双対空間

双対空間を一段進めると、元の空間をその双対の双対へ写す自然な写像が現れる。有限次元ではよく振る舞うが、無限次元では性質が大きく異なる。

3.1 自然な埋め込み

各ベクトルvに対し、V*上の評価写像を考えることで、vをV**へ送る写像が定義できる。具体的には、f∈V*に対してf(v)を返す写像である。

これは基底を選ばずに定まるため、自然な対応と呼ばれる。元の空間の各要素を、双対空間に対する作用として表す点に特徴がある。

3.2 反双対空間の定義

V*の双対空間、すなわち(V*)*をVの反双対空間または二重双対空間という。Vの元を評価する写像がここに入る。

この構成は、元の空間をさらに抽象化して調べるための枠組みであり、線形空間の反射的な性質を考える基礎となる。

3.3 反双対空間への同型

3.3.1 有限次元の場合

有限次元ベクトル空間では、VからV**への自然な写像は同型になる。つまり、各ベクトルは二重双対空間の元として完全に復元できる。

この事実は、有限次元線形代数の重要な特徴の一つであり、双対化を重ねても情報が失われないことを示す。

3.3.2 無限次元の場合

無限次元では、VからV**への写像が同型でないことがある。埋め込みは通常単射だが、全射にはならない場合が多い。

そのため、無限次元では双対空間の構造がより複雑になり、解析学では連続双対や位相的条件を付けて扱うことが一般的である。

4 追加構造と応用

双対空間は、他の線形代数的構成とも自然に結びつく。テンソル積、線形写像、直和・直積、さらには内積空間の理論とも深く関係する。

4.1 テンソル積との関係

双対空間は、テンソル積を通じて双線形写像の研究とつながる。特に、V*とVの組合せは、線形汎関数や評価写像を記述する基本部品になる。

この関係により、複数の変数に依存する線形・多重線形の対象を、単一の線形代数の枠組みで整理しやすくなる。

4.2 線形写像の双対

線形写像T:V→Wがあるとき、その双対写像T*:W*→V*を考えられる。これは、W上の線形汎関数をV上へ引き戻す操作であり、順序が逆になる。

双対写像は、合成に対して自然にふるまうため、写像の構造を転置的に調べる道具として使われる。行列で見れば、転置行列に対応する視点である。

4.3 直和と直積との関係

有限個のベクトル空間の直和では、双対空間は各成分の双対の直和に対応する。有限次元では、直和と直積の区別が小さく見える場合もあるが、無限個になると違いが明確になる。

一般に、直和の双対は直積的な性質を示し、直積の双対はより大きな制約を受ける。これは、無限次元で双対空間が複雑化する一因である。

4.4 内積空間における双対空間

内積を備えた空間では、ベクトルと線形汎関数の間に特別な対応が生じる。内積によって、各ベクトルから「他のベクトルとの内積を返す関数」が作れるためである。

この対応は、双対空間を具体的に理解する強力な手段になる。ただし、複素内積空間では線形性の向きに注意が必要である。

4.4.1 リースの表現定理との関係

ヒルベルト空間では、連続線形汎関数は内積を用いて一意に表される、という内容がリースの表現定理である。これにより、適切な条件の下で空間とその双対が実質的に同一視できる。

この結果は、解析学における双対空間の中心的な応用であり、関数解析の基盤を支える。

4.5 応用分野

双対空間は、抽象理論にとどまらず、実際の計算や構造理解にも用いられる。線形方程式、最適化、関数解析、幾何学的記述など、多方面で現れる。

4.5.1 線形代数における利用

線形代数では、双対空間は座標抽出、行列の転置、線形方程式系の整理に役立つ。基底変換の下での振る舞いも体系的に説明できる。

また、制約条件を線形汎関数として表すことで、ベクトル空間上の問題を見通しよく記述できる。

4.5.2 解析学における利用

解析学では、関数空間の双対が重要である。積分による評価や連続線形汎関数は、分布論やフーリエ解析の基盤とも関係する。

特に無限次元空間では、双対を通して空間の性質を調べることが多く、収束連続性の議論と結びついている。