1 カーネルの定義

1.1 写像に対する核(一般論)

1.1.1 出力が零になる元の集合

カーネルは、ある写像 \(f:X\to Y\) が「特定の値」、とくにしばしば \(0\) に相当する元を出すような入力の集まりとして定義される。対象 \(X\) が集合で、\(Y\) が加法的対象(例えば加群)である場合は、核は通常 \[ \ker f=\{x\in X\mid f(x)=0\} \] と表される。ここで「零」は、\(Y\) における零元(加法単位元)を意味する。

1.1.2 カーネルと同値類の関係の概観

核は、同値関係を作る考え方とも結びつく。例えば加法的構造が入る状況では、核に属する元は写像によって区別されなくなる成分を担う。より具体的には、ある写像のもとで同じ出力を与える入力同士は、その差が核に入ることで特徴づけられる場合が多い。したがって核は、「写像が潰してしまう自由度」を制御する情報源として理解できる。

1.2 線形写像としてのカーネル(線形代数

1.2.1 定義と具体的な書き下し

線形代数では、ベクトル空間 \(V,W\) と線形写像 \(T:V\to W\) に対してカーネルを \[ \ker T=\{v\in V\mid T(v)=0\} \] で定める。零ベクトルへの写像を満たす \(v\) 全体が集まり、後述するように \(V\) の部分空間になる。

1.2.2 自由度・独立性の観点

カーネルの次元は、連立一次方程式の解空間の自由度、あるいは線形写像が利用者の入力から奪う情報量に対応する。基底の観点では、\(\ker T\) の元を生成する独立ベクトルの数が「消えてしまう方向」の数に相当する。言い換えると、出力だけから逆に入力を一意に復元できる程度は、核がどれだけ大きいかに強く影響される。

2 線形代数における性質

2.1 部分空間としてのカーネル

2.1.1 閉性(和・スカラー倍)と帰結

\(T:V\to W\) が線形であるとき、\(\ker T\) は部分空間となる。具体的には

  • \(v_1,v_2\in \ker T\) なら \(T(v_1)=0,T(v_2)=0\) だから \(T(v_1+v_2)=T(v_1)+T(v_2)=0\)、よって \(v_1+v_2\in\ker T\)。
  • \(v\in\ker T\) とスカラー \(a\) に対して \(T(av)=aT(v)=0\)、よって \(av\in\ker T\)。

さらに零ベクトルも \(T(0)=0\) より核に含まれる。これらから、核が線形結合で閉じる集合であることが従う。

2.1.2 次元に関する基本的特徴

部分空間である以上、\(\ker T\) の次元(有限次元の場合の次元)が定義できる。線形写像における情報の流れを評価する際、次元の量は重要な指標であり、核と像の次元は互いに補完的な関係を持つ(ランク・ヌル定理で体系化される)。また核が零次元であれば、写像は単射に対応する。

2.2 ランク・ヌル定理との関係

2.2.1 行列表示での解釈

有限次元で基底を選び、\(T\) を行列 \(A\) によって表す状況では、条件 \(T(v)=0\) は連立一次方程式 \[ Av=0 \] に一致する。したがって核はこの同次方程式の解集合になる。行列のランクは像の次元、核の次元は同次連立方程式の自由度として見なせる。

2.2.2 次元計算の手順

ランク・ヌル定理は、有限次元ベクトル空間 \(V\) に対し \[ \dim V=\operatorname{rank}(T)+\dim(\ker T) \] を与える。実務上は、まず像(あるいは行列のランク)を求め、そこから核の次元を引き算で計算することが多い。あるいは同次連立の解集合の次元を直接数える方法もあるが、いずれにせよ次元関係が計算の指針になる。

2.3 直交補空間との関係(随伴・内積がある場合)

2.3.1 直交性による特徴づけ

\(V\) と \(W\) が内積空間で、随伴 \(T^*:W\to V\) が定義できる場合、核と直交補空間の関係が現れる。代表的な恒等式として \[ (\ker T)^\perp=\operatorname{im}(T^*) \] や、同様の対応が成り立つ。ここで \((\ker T)^\perp\) は、核に属する任意のベクトルと内積が 0 になるベクトル全体を表す。内積の存在により、「消える方向」と「随伴が作る方向」が一致するという幾何学的解釈が可能になる。

2.3.2 具体例での使いどころ

例えば、ある線形写像が与える制約を扱うとき、制約を満たすベクトルの集合(核)を直接求める代わりに、直交補空間として扱うと計算が簡単になることがある。さらに随伴の像が分かる場面では、核の直交補を通じて核そのものの情報を復元しやすくなる。直交性は、数値計算最小二乗問題理論でも現れる概念である。

3 抽象代数学でのカーネル

3.1 群準同型のカーネル

3.1.1 正規部分群としての核

群準同型 \( \varphi:G\to H \) に対して核は \[ \ker\varphi=\{g\in G\mid \varphi(g)=e_H\} \] で定義される。ここで \(e_H\) は \(H\) の単位元である。核は \(G\) の正規部分群になる。理由は、準同型位相ではなく群作用を保つため、共役しても写像の値が同じ単位元に保たれるからである。

3.1.2 商群との結びつき

核が正規部分群であることから、商群 \(G/\ker\varphi\) が構成できる。さらに(第一同型定理として知られる)標準的な対応により、商群は像に同型になる。したがって核は、群準同型が「潰す」要素を隔離し、商によって得られる本質的な構造を決定する鍵となる。

3.2 環・加群におけるカーネル

3.2.1 加群準同型と部分加群

環 \(R\) 上の加群 \(M,N\) と加群準同型 \(f:M\to N\) を考える。核は \[ \ker f=\{m\in M\mid f(m)=0\} \] で与えられ、零への写像を満たす元全体が部分加群になる。線形代数と同様に、和やスカラー倍に関して閉じる性質が保たれるため、加群としての構造を失わない。

3.2.2 被約化や準同型定理への応用

核により、加群を商した \(M/\ker f\) は、しばしば像に近い意味で「本質部分」を表す。具体的には、準同型定理の枠組みで、像は商構造と同型であることが示され、核がどこまで情報を失わせるかを定量化できる。被約化や段階的構成の議論では、核によって段差(消える成分)を切り分けることで見通しが良くなる。

4 カーネルの計算と実例

4.1 行列のカーネル計算(基底と一般解)

4.1.1 消去法による求め方

線形写像が行列 \(A\) によって表されるとき、核は \(Av=0\) の解である。通常は消去法(ガウスの消去など)により拡大行列を行階段形へ変形し、自由変数を導入して一般解を組み立てる。解が複数の独立パラメータを持つ場合、そのパラメータに対応する基底ベクトルを抜き出すことで核の基底を構成できる。

4.1.2 パラメータ表示と基底の抽出

計算結果はしばしば \[ v = v_0 + t_1 v_1 + \cdots + t_k v_k \] の形で書ける。ただし同次方程式では \(v_0=0\) になりやすく、核は \[ v = t_1 v_1 + \cdots + t_k v_k \] と表される。ここで \(\{v_1,\dots,v_k\}\) は核の生成系であり、互いの線形独立性が確認できれば基底となる。パラメータ数 \(k\) は核の次元に対応する。

4.2 カーネルの次元の見積もり

4.2.1 ランクの計算からの導出

行列のランクが分かっている場合、核の次元は \(\dim V-\operatorname{rank}(A)\) として求められる。有限次元の枠で計算を進めると、ランク算出の労力と比べて、次元評価は比較的素早く済む。さらに、計算の途中で矛盾が見つかるとランクや核の構造にも影響が出るため、進捗のチェックにも利用できる。

4.2.2 条件付きの例題

係数にパラメータが含まれる場合、核の次元は一般値と特別値で変化することがある。例えば行列要素がある条件を満たすと行の従属性が生じ、ランクが下がるため核が大きくなる。この種の例題では、パラメータの条件を場合分けし、各場合のランクを評価して核の次元を整理する手順が用いられる。

4.3 実用上の位置づけ(連立一次方程式・情報の欠落)

4.3.1 連立方程式との対応

線形写像が方程式系と同一視できる局面では、核はその同次方程式の解集合として理解される。非同次方程式であっても、係数行列が作る同次部分は核に関係し、解空間の平行移動として構造が説明できる。したがって核は「解の形」を規定する土台になる。

4.3.2 写像が潰す自由度の解釈

核の要素は、入力を変えても出力が変わらない方向を表す。つまり写像が情報を圧縮する際に、区別できなくなる自由度が核として現れる。核が小さいほど、入力の違いが出力に反映されやすく、核が大きいほど復元可能性は下がる。連立方程式の観点では、解のパラメータ数がそのまま「潰れない自由な組」を指すため、実務上の意味が直感的に理解できる。