1 定義

1.1 幾何学的定義

直交射影(orthogonal projection)は、点またはベクトルを、ある目標となる部分(直線・平面・部分空間など)へ移す対応であり、移動の量(距離)が最小となる位置へ写すことを基本的な特徴とする。目標が平面や部分空間のときには、元の対象から目標への“垂線”が定まることが射影を特徴づける。

1.2 代数的定義

内積が定まる状況では、直交射影は「誤差が目標に直交する」という条件で記述できる。すなわち、対象ベクトル \(x\) を目標部分 \(M\) へ写した像を \(p\) とすると、残差 \(x-p\) が \(M\) に属する任意のベクトルに直交することが代数的な定義の核になる。この条件を満たす \(p\) は(適切な条件の下で)一意に定まる。

1.3 内積空間での定義

内積空間 \(V\) において、部分空間 \(M\subseteq V\) に対する直交射影 \(\mathrm{proj}_M:V\to M\) は、各 \(x\in V\) に対し \[ x-\mathrm{proj}_M(x)\perp M \] を満たす \(M\) 内のベクトルを対応させる写像として定義される。ここで直交は内積により判定され、残差が \(M\) の方向成分をもたないことを意味する。

1.4 射影先が部分空間の場合

目標が部分空間である場合、直交射影は“成分分解”の形で扱える。具体的には、任意のベクトル \(x\) は射影部分 \(p\in M\) と残差 \(x-p\) に分かれ、残差は \(M\) の任意の要素と直交する。この分解は射影の操作を計算可能な形にし、線形代数の多くの場面で基盤になる。

2 基本性質

2.1 直交性

直交射影の定義から、射影結果 \(p\) と残差 \(x-p\) の内積は、目標部分空間に属する任意の方向に対して消える。言い換えると、誤差は目標空間の“許された方向”に沿わない。幾何的には、射影点から元の点へ向かう線が目標に垂直である状況に対応する。

2.2 一意性

内積空間で \(M\) が部分空間として与えられているとき、条件 \(p\in M\) かつ \(x-p\perp M\) を満たす \(p\) は一般に一意に定まる。もし二つの候補 \(p_1,p_2\) があれば差 \(p_1-p_2\) が \(M\) に属し、かつ \(M\) に直交するため、差は零ベクトルになる。したがって射影像は計算上も安定に扱える。

2.3 線形性

目標部分が部分空間で、内積が与えられている場合、直交射影は線形写像になる。すなわち \(\mathrm{proj}_M(ax+by)=a\,\mathrm{proj}_M(x)+b\,\mathrm{proj}_M(y)\) が成り立つ。これは射影が“最適化された一次近似”として振る舞うこと、また射影条件が線形な内積条件として表現できることに起因する。

2.4 冪等性

直交射影は冪等(idempotent)であり、射影を二度行っても結果が変わらない。具体的に \[ \mathrm{proj}_M(\mathrm{proj}_M(x))=\mathrm{proj}_M(x) \] となる。すでに目標部分空間に入った成分は再度射影しても動かず、残差は目標に含まれないため不変となる。

2.5 距離最小性

直交射影の重要な性質は距離最小性である。目標部分 \(M\) の任意の点 \(y\in M\) に対して \[

\|x-\mathrm{proj}_M(x)\|\le \|x-y\|

\] が成り立つ。したがって直交射影は、元の対象から目標部分への“最も近い点”を与える。最適化の観点では、二乗誤差ノルム二乗)を最小化する解として現れる。

3 表現

3.1 行列表現

有限次元の内積空間(通常はユークリッド空間)では、射影を行列表現で書ける。例えば \(M\) を張る基底を列に並べた行列 \(A\) を用いれば、射影は \(x\) に対する行列の積として記述できる。実務では、数値誤差を抑えるために安定な分解(QR分解など)を経由して射影を計算することが多い。

3.2 正規直交基底による表現

射影先 \(M\) に正規直交基底 \(\{u_1,\dots,u_k\}\) が存在する場合、射影は内積の和で表される。すなわち \[ \mathrm{proj}_M(x)=\sum_{i=1}^k \langle x,u_i\rangle u_i \] となる。各成分は対応する基底方向への“係数”に相当し、直交性のために相互干渉が消える。この表現は理論的にも計算的にも簡潔である。

3.3 射影行列

射影を線形変換として扱えるとき、射影行列 \(P\) を用いて \(\mathrm{proj}_M(x)=Px\) と書ける。射影行列は冪等であり \(P^2=P\) を満たす。また内積が標準ユークリッド型の場合、対称性 \(P^\top=P\) をもつ。これらは直交射影の幾何学的性質を代数的に固定する条件として働く。

3.4 有限次元と無限次元での違い

有限次元では、閉部分空間の射影は常に連続で、行列(または有限の線形演算)として扱える。一方無限次元では、部分空間が閉でないと射影の像が“期待する空間”に収まらないことがあり、連続性や存在性に追加の配慮が必要になる。特にヒルベルト空間では閉部分空間に対して直交射影が存在し、解析における基本道具として機能する。

4 具体的な場合

4.1 直線への射影

目標が原点を通る直線で、方向ベクトル \(u\neq 0\) をとるとき、正規化した \( \hat{u}=u/\|u\|\) を用いて

\[ \mathrm{proj}_{\mathrm{span}(u)}(x)=\langle x,\hat{u}\rangle \hat{u} \] と表せる。幾何学的には、点 \(x\) から直線への垂線の足が射影点になる。

4.2 平面への射影

目標が平面 \(M\) の場合、平面を張る二本の独立なベクトルから正規直交基底を作り、直線の場合と同様に成分を足し合わせる。基底の選び方によらず、射影結果は同一である。内積空間がユークリッド空間であれば、射影は平面の法線ベクトルによっても記述でき、垂直方向の成分だけを消去する操作として理解できる。

4.3 部分空間への射影

部分空間が複数の次元を持つとき、射影は各基底方向への係数を計算し、それらを張る線形結合として合成することで得られる。正規直交基底が利用できれば和の形が直接適用される。そうでない場合でも、基底から直交化して同等の計算に落とし込むのが一般的である。

4.4 閉部分空間への射影

無限次元の内積空間をヒルベルト空間として扱うとき、閉部分空間に対する直交射影は存在し、しかも連続である。閉性は、近似によって得られた極限が目標空間に属することを保証し、距離最小化が意味のある解に収束するための条件として働く。結果として、解析学的手法(無限和、極限操作)と整合する。

5 関連する理論

5.1 最小二乗法

最小二乗法は、観測値とモデルの差の二乗和を最小化する枠組みであり、直交射影が本質的に関与する。線形モデル \(Ax\) を考えたとき、観測ベクトル \(b\) を \(A\) の像空間へ射影した点が、二乗誤差を最小にする近似となる。したがって誤差は像空間に直交する残差として整理される。

5.2 フーリエ級数

フーリエ級数は、関数空間での直交性を活用し、目標関数を基底関数の張る部分空間へ直交射影する操作として理解できる。調和関数系(指数関数や正弦余弦)は内積に関して直交(適切な正規化で正規直交)であるため、係数の計算が内積で与えられ、部分和がそれぞれ射影になっていく構造が現れる。

5.3 ヒルベルト空間

ヒルベルト空間では、内積からノルムが導かれ、完全性のもとで直交射影が解析的に扱いやすい。閉部分空間に対する射影の存在は、近似理論スペクトル論の基盤となる。さらに、射影が連続線形作用素として振る舞うため、極限や収束の議論と整合し、操作の安定性担保される。

5.4 グラム・シュミットの直交化

グラム・シュミット過程は、一般の基底から正規直交基底を構成する手段であり、直交射影の具体的計算に直結する。直交化により基底の取り方が直交形に整えば、射影は内積の和として直接表現できる。結果として、数値計算でも安定な基底を作る目的で応用される。

6 応用

6.1 幾何学

幾何学では、直交射影は距離や角度を保存しない代わりに、最短距離に基づく近似を提供する。たとえば曲面や部分空間の局所近似、あるいは座標系の変換における成分分解として現れる。垂直性に基づく分解は、接空間や法線方向の理解にも結びつく。

6.2 数値線形代数

数値計算では、誤差を減らす最適化として射影が利用される。線形方程式の近似解探索、低次元部分空間へのデータ圧縮、反復法の改善などで登場する。特に直交性を維持するアルゴリズムは丸め誤差の蓄積を抑える傾向があり、QR分解や直交変換はその典型例である。

6.3 信号処理

信号処理では、信号をある帯域やモデル空間へ近似する操作として射影が用いられる。直交基底(フーリエ基底やウェーブレットなど)を用いると、射影は係数の抽出と等価になり、雑音除去や成分分離に応用できる。残差が特定の成分と直交するという構造は、設計の透明性に寄与する。

6.4 データ解析

データ解析では、観測ベクトルを低次元の表現に写す際に直交射影が重要になる。主成分分析の文脈では、データを分散の大きい方向の部分空間へ直交射影し、再構成誤差を最小にする考え方と関係する。ユークリッド的な誤差評価(ノルム)に基づく近似がしやすく、解釈も直感的である。

7 変種と拡張

7.1 斜影との比較

斜影(oblique projection)は、目標空間に直交する条件を課さず、指定した補空間に沿って像を決める射影である。そのため残差は目標空間に直交しないことが多く、距離最小性や対称性は一般に失われる。直交射影と比較すると、計算が同様に簡潔であっても幾何学的意味や最適性の性質が異なる点が重要である。

7.2 非線形空間への拡張

非線形の対象(多様体、集合、制約付き領域など)へ“近い点”を対応させる操作として、射影に類似した概念が扱われることがある。一般には、最短距離点が一意に定まらない場合があり、滑らかさや局所的な定義条件が必要になる。そこで局所解釈や一般化された距離最小性が用意され、直交射影の考え方が近似理論の形で継承される。

7.3 作用素としての直交射影

無限次元では、直交射影は線形作用素として定式化される。ヒルベルト空間上で閉部分空間へ対応する射影作用素は連続で、冪等性や自己随伴性(内積と整合する対称性)が整理される。作用素の観点では、スペクトル分解との関係や、他の作用素との交換関係なども研究対象になる。

8 関連項目

8.1 射影

射影は一般に、対象をある部分へ写す対応の総称であり、直交射影はその中で距離最小と直交条件を満たす特別な場合に位置づけられる。射影の選び方は幾何学的・解析的性質を決定し、目的に応じて様々な定義が用意される。

8.2 内積

内積は直交性や距離を定義する基本構造であり、直交射影の定義条件が内積によって記述される。内積の変更は直交性の基準を変えるため、射影像や射影行列も異なるものになる。

8.3 直交補空間

直交補空間 \(M^\perp\) は、部分空間 \(M\) の全てのベクトルに直交する成分の集合である。直交射影により、任意のベクトルは目標空間とその直交補空間の直和として分解され、構造理解が容易になる。

8.4 直交分解

直交分解は、ベクトルが直交する部分へ分解されることを指す。直交射影はその分解の具体的手順として機能し、目標部分の成分と残差成分が互いに垂直になる形で得られるため、解析や近似で扱いやすい。