1.1 雅楽の語源と基本概念
雅楽(ががく)は、日本に伝わる伝統音楽・舞踊の総称である。語源は「雅(みやび)なる楽」の意で、中国の古典思想において礼楽思想に基づく正統な音楽を指す「雅楽」に由来する。日本では宮中や寺院、神社の儀式、宴会などで演奏される形式の音楽・舞踊を指し、管楽器・打楽器・弦楽器からなる合奏と舞が一体となった芸術形態である。
1.2 無形文化遺産としての位置づけ
雅楽は2009年にユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に「雅楽」として登録された(2021年には「日本の伝統音楽」の一部として再登録)。日本の伝統芸能の中でも最も古い歴史を持ち、宮内庁式部職楽部(宮内庁楽部)が中心となって継承・保護されている。国際的には東アジアの宮廷音楽の重要な遺産と評価される。
2.1 渡来期(奈良時代以前)
5〜6世紀、中国大陸や朝鮮半島から仏教伝来とともに儀式音楽や舞楽が日本に伝わった。奈良時代(8世紀)には唐からの「唐楽」、朝鮮半島からの「高麗楽」、ベトナム方面からの「林邑楽」などが輸入され、平城京の宮中行事で演奏された。正倉院には当時の楽器が保存されている。
2.2 国風化と隆盛(平安時代)
平安時代(9〜12世紀)に入ると、外来の楽曲に日本の要素が融合し、独自の「雅楽」として発展した。宮中の儀式や節会で頻繁に演奏され、『延喜式』などに楽制が整備された。また、神楽歌や東遊など日本古来の歌謡も「国風歌舞」として雅楽に取り入れられた。
2.3 中世から近世の伝承
鎌倉時代以降、武家社会の台頭により宮中での雅楽は衰退したが、京都の宮中や社寺で細々と伝承された。江戸時代には徳川幕府が雅楽を保護し、江戸城でも演奏が行われた。楽人の家系が流派を形成し、秘伝として伝承された。
2.4 近代の復興と保護
明治維新後、宮中雅楽は一時中断したが、1870年に宮内省に雅楽課が設置され再興された。第二次世界大戦後も宮内庁楽部が継承し、1970年代以降は一般公開や学校での普及活動が進んだ。1980年代には重要無形文化財に指定され、保護が強化された。
3.1 楽曲分類
3.1.1 国風歌舞(神楽歌、東遊など)
日本古来の神話や祭祀に由来する歌と舞。神楽歌は神社の神事で歌われる歌謡、東遊は東国(関東地方)の風俗を基にした舞楽で、雅楽の中でも最も古い要素を含む。
3.1.2 唐楽
中国(唐)から伝わった楽曲を日本化したもの。優雅で華やかな旋律が特徴。代表曲に「越天楽」「蘭陵王」などがある。管楽器と打楽器の合奏が主体。
3.1.3 高麗楽
朝鮮半島(高麗・百済など)から伝わった楽曲。唐楽に比べ簡素で力強いリズムを持つ。代表曲に「納曾利」「新羅陵王」などがある。
3.2 楽曲構造(序・破・急)
雅楽の楽曲は「序(じょ)」「破(は)」「急(きゅう)」の三部構成を基本とする。序はゆっくりとした導入部、破は中盤の展開部、急は速い終結部である。ただし曲によって省略や変形がある。
3.3 調子と音階
雅楽では「調子(ちょうし)」と呼ばれる音組織を用いる。代表的なものに「壱越(いちこつ)」「平調(ひょうじょう)」「太食(たいしき)」などがある。音階は五音音階を基本とし、日本の伝統的な旋法(呂旋・律旋)が特徴。
4.1 左方舞と右方舞
4.1.1 左方舞(唐楽系)
唐楽に合わせて舞われる舞。舞台に向かって左側から登場し、左方の席に座る。装束は赤や緑などの鮮やかな色が多く、面(仮面)を着ける舞も多い。
4.1.2 右方舞(高麗楽系)
高麗楽に合わせて舞われる舞。舞台に向かって右側から登場し、右方の席に座る。装束は青や白を基調とし、面を用いることが少ない。
4.2 文舞と武舞
文舞(ぶんぶ)は優雅で静かな動きの舞で、平和や徳を表現する。武舞(ぶぶ)は力強い動きで武器を持って舞うことが多く、戦いや勇壮さを表現する。両者は曲の内容によって使い分けられる。
5.1 管楽器
5.1.1 笙
竹管を束ねた口琴(マウスオルガン)型の楽器。17本の管のうち15本に簧(リード)があり、吸気と呼気で和音を奏でる。雅楽の旋律の骨格を形成する。
5.1.2 篳篥
縦笛の一種で、葦(あし)製の簧を用いるダブルリード楽器。力強く哀愁のある音色が特徴。旋律の主要な部分を担当する。
5.1.3 龍笛
横笛の一種。竹製で7つの指孔があり、篳篥と同様に旋律を奏でる。高音域の清冽な音色が特徴。
5.2 打楽器
5.2.1 鞨鼓
小さな太鼓で、両面を革で張り、桴(ばち)で打つ。リズムの基本を刻む。
5.2.2 鉦鼓
金属製の打楽器で、銅鑼(どら)の一種。磐(たたき)で打ち、アクセントをつける。
5.2.3 太鼓
大きな桶胴太鼓で、皮を両面に張り、桴で打つ。低音で拍子を支える。
5.3 弦楽器
5.3.1 琵琶
撥弦楽器。4弦でフレット(柱)があり、雅楽では主に和音や伴奏を担当する。現在の楽琵琶は雅楽専用に特殊な形状を持つ。
5.3.2 箏
撥弦楽器。13弦で柱(琴柱)を立て調弦する。雅楽では「楽箏(がくそう)」と呼ばれ、旋律を装飾的に奏でる。
6.1 宮内庁式部職楽部の役割
宮内庁式部職楽部(通称・宮内庁楽部)は、皇室の儀式や公的行事で雅楽を演奏する専門機関である。約30名の楽師が所属し、伝統的な楽曲の保存と演奏技術の継承を行っている。また、研究者や一般向けの公開演奏会も定期的に開催する。
6.2 学校教育と地域活動
小学校・中学校の音楽教科書に雅楽が取り上げられ、鑑賞や体験学習が行われている。各地の文化施設や大学のサークル、地域の雅楽団体が普及活動を展開。また、国立劇場などで定期的に公演が行われ、入門講座も開かれている。
6.3 国際交流と現代創作
海外公演や国際音楽祭への参加を通じて、雅楽を世界に紹介している。また、現代の作曲家が雅楽器を用いた新曲を作曲する動き(現代雅楽)も盛んで、伝統と革新の融合が進められている。ユネスコ無形文化遺産登録を機に、国際的な関心が高まっている。