1 最小多項式の定義

1.1 連立多項式関係としての定義

線形写像 \(T:V\to V\)(または行列 \(A\))に対し、多項式 \(p(x)\) が \[ p(T)=0 \quad (\text{または } p(A)=0) \] を満たすとき、そのような多項式を「消滅多項式」と呼ぶ。最小多項式は、消滅多項式全体の中で次数が最小のものとして定義される。すなわち、次数最小の \(p\) を選び、それを \(T\) の最小多項式(または \(A\) の最小多項式)と呼ぶ。

この定義の要点は、写像の作用を多項式で評価する点である。たとえば \(p(x)=c_0+c_1x+\cdots+c_kx^k\) ならば \[ p(T)=c_0I+c_1T+\cdots+c_kT^k \] という合成写像の線形結合として意味づけられる。

1.2 最小次数の一意性と正規化

消滅多項式の集合は、ある多項式を割り切る形で整理できる。具体的には、最小多項式 \(m_T(x)\) は消滅多項式をすべて割り切るため、次数最小となる多項式は定数倍の範囲で一意になる。つまり、同じ次数最小の解は通常「スカラー倍」のみが異なる。

正規化の仕方は状況により異なる。代表例として、係数体が体(たとえば \(\mathbb{C}\) や \(\mathbb{R}\))であり、\(m_T(x)\) を単項次数の係数(最高次係数)が \(1\) となるように定めることで一意性が確保される。

1.3 代表例(低次の具体計算)

最小多項式の具体計算は、消滅多項式が存在すること(有限次元では同値関係が必ず有限次数に落ちる)を利用して行う。

  • 例1:\(A=0\) の場合

\(A\) を零行列とすると、\(x\) が \(x(A)=A=0\) を満たすため最小多項式は \(x\) である(最高次係数を \(1\) に正規化するなら \(x\))。

  • 例2:\(A=I\) の場合

\(x-1\) が \((x-1)(I)=0\) を満たすので、最小多項式は \(x-1\)。

  • 例3:冪等行列 \(A^2=A\) の場合

\(A^2-A=0\) より \(x(x-1)\) は消滅多項式だが、実際には \(A\neq 0, I\) なら \(x(x-1)=0\) が本質となり、最小多項式は \(x(x-1)\) になる(ただし \(A=0\) や \(A=I\) では次数が下がりそれぞれ \(x\) や \(x-1\) になる)。

\(A=\mathrm{diag}(\lambda_1,\dots,\lambda_n)\) では、\(x-\lambda_i\) が各成分に対応する消滅要素となるため、最小多項式は \(\prod (x-\lambda)\) のうち必要な因子のみの積として決まる(後述の多重度に関する情報はジョルダン構造と結びつく)。

2 最小多項式の基本的性質

2.1 多項式環における生成元としての見方

基礎となる考え方は、多項式環 \(F[x]\)(係数体 \(F\))から、評価 \(p(x)\mapsto p(T)\) を通じて「消滅する多項式」を集める点である。消滅多項式の集合 \[ \{p(x)\in F[x]\mid p(T)=0\} \] は、イデアル(多項式環の中で割り算に閉じた部分)を成す。最小多項式は、このイデアルが主イデアルであることから、その生成元として特徴づけられる。

有限次元の線形写像に対しては、消滅条件が必ず有限次数の多項式で閉じるため、この生成元が存在する。

2.1.1 消滅多項式の集合と最小性

最小多項式 \(m_T(x)\) は「消滅多項式としての最小性」を最適化で表す。すなわち任意の消滅多項式 \(p(x)\) に対し \[ m_T(x)\mid p(x) \] が成り立つ。したがって、最小多項式より低い次数の多項式で同じ消滅条件は実現できない。

さらに、最小性は次数だけでなく割り算による情報にも現れる。たとえば \(m_T\) が持つ既約因子の組合せは、消滅条件を達成するために必要な要素として働く。

2.2 剰余類としての解釈

最小多項式の性質は剰余類とも解釈できる。消滅条件のイデアルは \( (m_T)\) と表されるため、\(F[x]/(m_T(x))\) は \(T\) による作用の「関係を最小限に圧縮した」モデルになる。

具体的には、\(F[x]\) の中で \(p(x)\equiv q(x)\pmod{m_T(x)}\) が成り立つことは、\(p(T)=q(T)\) を意味する。つまり最小多項式は、評価 \(p(T)\) を決める際の剰余による判別装置として働く。

この見方により、同じ最小多項式を持つ作用が「多項式で生成される範囲」において同じ関係構造を持つことが理解しやすくなる。

2.3 共通因子と割り算の性質

最小多項式は、消滅条件の共通部分を記述する。たとえば消滅多項式 \(p(x),q(x)\) がともに存在するなら、その共通因子としての最小性が反映される。

代表的な性質として、次が挙げられる。

  • \(m_T(x)\) は消滅多項式全体の「共通の分母」のように振る舞い、任意の消滅多項式を割り切る。
  • 逆に、\(m_T(x)\) で割った余りだけで評価が定まるため、割り算の結果が作用の情報を保持する。

また、部分空間や制限に関しても割り算の形の関係が現れる。一般に、制限した写像の最小多項式は元のものを割り切る形で比較できる。

2.4 反復合成(多項式の合成)と振る舞い

多項式評価は反復合成と整合する。たとえば \(p\) と \(q\) を多項式とし、\(q(T)\) を考えると、さらに \(p\) を作用させて \(p(q(T))\) を形成できる。このとき、最小多項式は合成によって複雑になるが、少なくとも次の方向性が保たれる。

  • \(q(T)\) は \(T\) の冪から作られるため、\(q(T)\) の消滅条件は \(T\) の消滅条件に従属する。
  • 合成により新しい消滅多項式が現れるが、それらは最小多項式により統制される。

より具体には、\(m_T\) が \(T\) の関係を最小限に表すため、\(q(T)\) の最小多項式は \(q\) による像として把握できる。単純な場合(たとえば \(q\) が線形で単にスカラー倍とシフトを与える場合)には、固有値の対応が明確になり、最小多項式の因子構造も追跡しやすい。

3 固有値・ジョルダン標準形との関係

3.1 固有値と既約因子の対応

体が代数閉体(例:\(\mathbb{C}\))であるとき、最小多項式は一次因子の積として分解できる。特に、\(T\) の固有値 \(\lambda\) に対応して、\((x-\lambda)\) が最小多項式に登場するかどうかが対応する。

より正確には、\((x-\lambda)\) は「\(T\) のジョルダン分解において、その固有値に関する成分が存在する」場合に限り現れる。つまり、最小多項式は固有値集合の情報を含み、さらに同じ固有値に対して冪がどこまで必要かという情報も持つ(次節)。

3.2 ジョルダンブロックの大きさとの対応

同じ固有値 \(\lambda\) に対して、ジョルダン標準形では複数のブロックサイズがありうる。最小多項式の \((x-\lambda)\) のべき乗の指数は、その固有値に関するジョルダンブロックの最大サイズに等しい。

直観的には、\(T-\lambda I\) の冪を上げたときにどの段階で零になるかが決め手であり、その“必要な深さ”が最大ブロック長として現れる。結果として、 \[ m_T(x)=\prod_{\lambda} (x-\lambda)^{k_\lambda} \] となり、\(k_\lambda\) は該当固有値の最大ジョルダンブロックサイズに対応する。

3.2.1 零固有値の場合の具体像

零が固有値に含まれる場合、これは冪零部分(ニルポテンシー)の深さに直結する。すなわち、\(T\) のうち固有値 \(0\) に属する部分で、最小の \(r\) により \[ T^r=0 \] が成立する最小の指数がある。その指数が、最小多項式における \(x\) のべき乗の指数として現れる。

具体的には、零固有値に属するジョルダンブロックの最大サイズが \(r\) であり、最小多項式は少なくとも \(x^r\) を因子として含む。冪零度(nilpotency index)とも整合する。

3.3 主分解可能な場合の整理

主分解可能(minimal polynomialが既約因子に関して整理しやすい)な状況では、一次因子のべき乗ごとの情報に分解して考えられる。最小多項式は、固有値ごとの必要次数の最小限を表すため、ジョルダン形式の各部品の情報をまとめて保持する。

また、この整理は分解の一意性にも関係する。すなわち、与えられたジョルダン構造により最小多項式は決定されるが、逆に最小多項式が与えるのは「最大ブロックサイズ」までである。したがって、同じ最小多項式を持ちうる異なるジョルダン形式が存在する点は重要である。

4 応用と計算方法

4.1 行列から最小多項式を求める手順

計算の実務では、次のような流れが用いられることが多い。

  1. まず、候補となる固有値や関連する因子(たとえば特性多項式の既約因子)を把握する。最小多項式は特性多項式を割り切るため、候補の次数と因子は絞り込める。
  2. 次に、各因子 \((x-\lambda)\) について、必要なべき乗の指数を調べる。典型的には \( (A-\lambda I)^k \) がいつ零になるか、あるいはランクの減少がいつ止まるかを確認する。
  3. 最後に、固有値ごとのべき指数を組み合わせて最小多項式を構成する。

数値計算というより代数的計算の側面が強く、手計算では小規模行列で特に有効になる。

4.2 カーター行列・特性多項式との比較

カーター行列や特性多項式は、固有値と冪の情報を別の形で保持する。特性多項式は \((x-\lambda)\) のべき多重度を反映するのに対し、最小多項式は最大ジョルダンブロックサイズに対応するという違いがある。

そのため比較すると、特性多項式に現れる因子は最小多項式にも現れる可能性があるが、指数は最小多項式の方が小さくなりうる。実務的には「最小多項式は特性多項式を割り切る」という制約により探索空間を狭める。

またカーター行列は、作用が持つ構造(とくに有理正準形に近い情報)を表すため、最小多項式の因子決定に関連する量として扱われることがある。

4.3 代数的対象への拡張(線形演算子の場合)

最小多項式の概念は行列だけでなく線形演算子一般に自然に拡張される。線形写像として定義しているため、表現空間の基底に依存しない。したがって、同値変換(基底の取り替え)を行っても最小多項式は変わらない。

さらに、同じ写像がより抽象的な形式で与えられている場合でも、多項式評価 \(p(T)\) の消滅条件を通じて計算できる。たとえば、随伴表現や作用素の組み立てによって得られた線形演算子も同じ枠組みで扱える。

4.4 不変部分空間と最小多項式のふるまい

不変部分空間 \(W\subseteq V\) が存在し、\(T(W)\subseteq W\) が成り立つとき、制限写像 \(T_W\) を考えられる。すると最小多項式には関係が生じ、一般に

\[

m_{T_W}(x)\mid m_T(x)

\] の形の比較が成り立つ。これは、\(W\) 上での消滅条件は \(V\) 全体での消滅条件から導かれうるためである。

この性質により、不変部分空間ごとに最小多項式を調べることで、全体の構造を復元するための手がかりが得られる。逆に言えば、最小多項式の因子に現れる最大ブロックサイズが、どの不変部分空間に現れるかという位置づけも可能になる。