1 定義
加法群は、集合に「加法」と呼ばれる二項演算を入れ、その演算について群の公理を満たす構造である。記号としては通常、演算を \(+\) で書き、単位元は \(0\) と表すことが多い。対象となる集合は、数の集まりに限られず、ベクトルや剰余類などにも広がる。
1.1 群としての加法群
加法群は、抽象的には一般の群と同じ内容を持つ。ただし、演算を足し算の形で記述するため、元の合成を「加える」と表現する点が特徴である。群の公理、すなわち結合律、単位元の存在、逆元の存在を満たせば、その群は加法群として扱える。
1.2 加法記法の意味
加法記法は、対象を数のように見なせるときに特に自然である。たとえば、元の合成を \(x+y\) と書くと、単位元は \(0\)、逆元は \(-x\) のように表現される。これにより、群の計算が通常の算術に近い形で記述できる。
1.3 可換性とアーベル群
加法群の多くは可換であり、\(x+y=y+x\) が成り立つ。この場合、加法群はアーベル群と呼ばれる。可換な加法構造は、線形代数や環論で特に重要で、計算規則が簡潔になるため、基礎的なモデルとして広く用いられる。
2 基本例
加法群の代表例は、日常的な算術でなじみのある数の集合に現れる。これらの例は、抽象的な定義が具体的にどのように働くかを示している。
2.1 整数の加法群
整数全体 \(\mathbb{Z}\) は、普通の足し算に関して加法群をなす。単位元は 0 で、各整数 \(n\) の逆元は \(-n\) である。これは最も基本的な例であり、加法群の直観的理解の出発点になる。
2.2 有理数・実数・複素数の加法群
有理数 \(\mathbb{Q}\)、実数 \(\mathbb{R}\)、複素数 \(\mathbb{C}\) も、通常の加法で加法群になる。これらはすべて可換で、数の大小や解析的性質と相性がよい。特に実数と複素数の加法群は、解析学や幾何学の基礎的な道具として頻繁に現れる。
2.3 剰余類の加法群
整数を法 \(n\) で考えた剰余類全体 \(\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}\) は、加法に関して有限群をなす。加算は法 \(n\) によって計算され、元の個数は \(n\) 個である。周期的な構造を持つため、合同算術や離散数学で重要である。
2.4 ベクトル空間の加法群
ベクトル空間では、ベクトル同士の加法が定義されており、その部分だけを見れば加法群になる。ここではスカラー倍を除いて、ベクトルの和と逆ベクトルだけが群の構造を与える。線形代数では、この加法群の上にさらに体の作用が加わることで、より豊かな構造が形成される。
3 性質
加法群の性質は、群論の一般論に従うが、記法が足し算であるため、数的な操作として理解しやすい。特に単位元、逆元、結合法則、可換性が中心になる。
3.1 単位元と逆元
加法群の単位元は、他の元に加えても値を変えない元である。通常は 0 と書かれる。各元には逆元があり、元 \(x\) に対して \(-x\) を加えると単位元に戻る。これは代数計算において打ち消しの役割を果たす。
3.2 結合法則
結合法則は、三つの元の加え方にかかわらず結果が同じになる性質である。すなわち、\((x+y)+z=x+(y+z)\) が成り立つ。これにより、括弧の付け方を気にせずに複数の元をまとめて扱える。
3.3 可換性
可換性は、加える順序を入れ替えても結果が変わらない性質である。\(x+y=y+x\) が成立するとき、その加法群はアーベル群である。多くの標準的な例はこの性質を備えており、計算や理論展開を平易にする。
3.4 部分群と生成
加法群の部分群は、加法に関して閉じている部分集合である。整数の倍数全体や、特定のベクトルの整数結合で得られる集合が典型例である。また、ある元の繰り返し加算によって得られる部分群は、その元で生成される巡回部分群と呼ばれる。
4 関連する代数構造
加法群は、より豊かな代数構造の内部にしばしば現れる。これにより、群論だけでなく環論や線形代数の記述にも自然に組み込まれる。
4.1 環の加法群
環では、加法と乗法の二つの演算が定義される。このうち加法の側だけを見ると、環は加法群を持つ。乗法の構造に先立って、加法群としての性質が整っていることが、環論の基本条件になる。
4.2 加群の加法群
加群は、環の上で定義される一般化された線形構造であり、その元の集合は加法群をなす。スカラーとして環の元が作用するが、群としての土台は加法である。したがって、加群の理解には、まず加法群としての性質を押さえる必要がある。
4.3 ベクトル空間との関係
ベクトル空間は、体の上の加群とみなせるため、そのベクトル集合は加法群でもある。ここでは、加法群に体のスカラー倍が加わることで、直線性や基底の概念が導入される。加法群は、ベクトル空間の最も基本的な部分構造といえる。
4.4 群の乗法記法との対比
一般の群では、演算を積のように書き、単位元を \(e\) や \(1\) と表すことが多い。これに対し、加法群では演算を \(+\) で記し、単位元を 0 とする。両者は本質的には同じ群だが、記法の違いによって性質の見え方が変わる。
5 代表的な定理と応用
加法群は、群論の標準的な定理を適用できる基本対象である。そのため、抽象代数学の証明や構成の多くで、まず加法群としての振る舞いが確認される。
5.1 分類の初歩
有限の加法群は、構造の分類において重要な出発点となる。特に有限アーベル群は、巡回群の直積として記述できる場合が多く、具体的な計算や構成に役立つ。加法群の分類は、より複雑な代数系を理解する足がかりになる。
5.2 準同型写像
加法群の準同型写像は、加法を保つ写像である。すなわち、\(f(x+y)=f(x)+f(y)\) を満たす。こうした写像は、群の構造を別の群へ移す際の基本手段であり、核や像の概念を通じて性質を比較できる。
5.3 同型定理との関係
同型定理は、準同型写像の核と像を用いて群の構造を整理する結果である。加法群に対しても同様に適用され、商群の理解に直結する。これにより、元の群を部分構造と剰余構造に分解して考えられる。
5.4 数学各分野での利用
加法群は、数論、線形代数、環論、位相空間論など多くの分野で共通の基礎言語として働く。たとえば、ベクトルや多項式、関数の集まりを加法群として捉えることで、共通の理論枠組みが得られる。抽象化の初段に位置する構造として、極めて汎用性が高い。