1 連鎖則の基本
1.1 合成関数の考え方
連鎖則は、合成関数を微分する際に用いる基本原理である。合成関数とは、ある関数の出力を別の関数の入力として入れ子にした形で表されるものを指す。典型的には、内側の関数でまず独立変数を変換し、その結果を外側の関数がさらに処理する構造をもつ。
微分の目的は、入力の微小な変化が出力にどれほど変わるかを捉えることにある。合成では、変化が二段階で伝わる。最初に内側の変数が動き、その変化が外側の関数の入力となり、さらに出力の変化へとつながる。この「段階的な伝播」を形式化したものが連鎖則である。
1.2 連鎖則の定理(一次元)
1.2.1 外側の微分と内側の微分
一次元の連鎖則は、合成関数 \(f(g(x))\) を微分するときに次の形で表される。
外側の関数 \(f\) を、その入力が \(g(x)\) になっている状態として微分し、それに内側の微分 \(g'(x)\) を掛ける。これにより、外側が「内側の出力の変化」にどれだけ敏感か、内側が「元の変数の変化」にどれだけ敏感か、という二つの情報を積の形で組み合わせる。
より具体的には、微分は「外側の勾配(ただし入力は内側の出力)」と「内側の勾配」の積に一致する。掛け算の形が現れるのは、変化が連続して伝わるため、速度(変化率)が段階的に合成されるからである。
1.2.2 よくある記号の読み替え
連鎖則は記号の置き換えがしやすい形をもつ。たとえば、外側を \(y=f(u)\)、内側を \(u=g(x)\) とし、合成を \(y=f(g(x))\) と書くと、微分は \(dy/dx = (df/du)\cdot(du/dx)\) のように読み替えられる。
また、記号 \(x\) と \(t\) を入れ替える、あるいは外側と内側の関数名を別の文字にする、といった場合でも構造は同じである。重要なのは、どれが「外側の変数」になっているかを見分けることであり、文字の選び方は本質ではない。
さらに、\(f'(g(x))\) のように「外側の導関数が内側の式の中に評価される」ことを意識すると、導関数の適用位置を誤りにくい。単に \(f'(x)\) とするのではなく、入力が合成の流れに従う点に注意が必要となる。
1.3 公式の適用手順
1.3.1 外側・内側の特定
適用の第一歩は、合成の流れを明確にすることである。具体的には、与えられた式を「関数のかっこで区切られる階層」として読む。最も外側にある関数が外側であり、その中にある式が内側へ対応する。
実務では、まず外側の形を探し、次にその外側の引数がどの式になっているかを確認する。たとえば \(h(x)=\sin(x^2+1)\) の場合、外側は \(\sin\)、内側は \(x^2+1\) である。外側の「引数が何か」を先に決めることで、その後の導関数の代入位置が定まる。
1.3.2 微分計算の順序
計算の順序には機械的な手順がある。第一に内側を微分して \(g'(x)\) を求め、第二に外側の導関数を「内側の式を代入したもの」として書く。最後に両者を掛け合わせる。
順序そのものは、先に外側の導関数を書いてから内側の導関数を掛けるなど逆に見える場合もあるが、整合性が取れるように評価位置を固定しておく必要がある。特に \(f'(g(x))\) のような評価が絡むとき、外側の微分だけを先に書いてしまい、そのあとで「何を代入すべきか」を曖昧にすると誤りが増える。
したがって、最初に外側の引数を決め、次に外側の微分をその引数に関して書き、その引数を内側の式で置き換える。その後に内側の微分を掛ける、という流れが安全である。
2 計算例と典型パターン
2.1 多項式や指数関数を含む例
2.1.1 かっこを意識した導出
例として \(y=(3x^2-2)^5\) を考える。合成構造は外側がべき乗、内側が \(3x^2-2\) とみなせる。外側は \(u^5\) で、\(u=3x^2-2\) に対応する。連鎖則により、外側の微分は \(5u^4\)、内側の微分は \(6x\) となる。
したがって \[ \frac{dy}{dx}=5(3x^2-2)^4\cdot 6x \] となる。重要なのは、指数が内側に作用するのではなく、べき乗全体が外側として扱われる点である。
別の例として \(y=\exp(2x^3)\) を挙げると、外側が指数関数 \(e^{u}\)、内側が \(u=2x^3\) である。外側の導関数は \(e^{u}\) 自身、内側の導関数は \(6x^2\) なので、 \[ \frac{dy}{dx}=e^{2x^3}\cdot 6x^2 \] が得られる。指数関数は外側のまま保持されるため、かっこ内の式がどこに入っているかの確認が結果を左右する。
2.2 三角関数・逆三角関数の例
2.2.1 内部が角度以外の場合の扱い
三角関数では「角度である」かどうかが直観に影響しやすいが、微分では数学的な合成の形を見ればよい。たとえば \[ y=\sin(5x^2+1) \] では、外側は \(\sin\)、内側は \(5x^2+1\) と置ける。外側の導関数は \(\cos(u)\)、内側の微分は \(10x\) なので、 \[ \frac{dy}{dx}=\cos(5x^2+1)\cdot 10x \] となる。
逆三角関数の例として \[ y=\arctan(3x-2) \] を考える。外側は \(\arctan(u)\)、内側は \(u=3x-2\)。外側の導関数は \(\frac{1}{1+u^2}\) であるため、これに \(u=3x-2\) を代入し、内側の微分 \(3\) を掛ける。 \[ \frac{dy}{dx}=\frac{3}{1+(3x-2)^2} \] このとき分母の平方には、内側の式全体が入る。単に \(3x\) だけを代入したり、定数項を省いたりすると誤りになる。
2.3 対数・指数の合成例
2.3.1 底や引数が変数の場合
対数・指数では底や引数が変数として現れると、連鎖則に加えて基本公式の理解が必要になる。
例として \[ y=\log(2x+1) \] を考える。ここで \(\log\) が自然対数 \(\ln\) を指す通常の設定に従うなら、外側は \(\ln(u)\)、内側は \(u=2x+1\)。外側の導関数は \(\frac{1}{u}\)、内側の微分は \(2\) なので、 \[ \frac{dy}{dx}=\frac{2}{2x+1} \] となる。
次に指数の底が変数である例として \[ y=a^{x^2} \] を扱う。ここで \(a\) は定数として、指数部が \(x^2\) の合成になっている。外側を \(a^{u}\)、内側を \(u=x^2\) と見て、導関数は \(a^{u}\ln(a)\) が係数として現れる。内側の微分 \(2x\) を掛けるため、 \[ \frac{dy}{dx}=a^{x^2}\ln(a)\cdot 2x \] が得られる。
底そのものが関数として変化するケースでは、対数を使った変形(例: \(b(x)^{u(x)}=\exp(u(x)\ln b(x))\))を介して扱うことが多い。とはいえ中核は、合成がどこに入っているかを判定し、外側の微分則と内側の微分を組み合わせる点にある。
3 連鎖則の誤用と注意点
3.1 「掛け算」にならないケース
連鎖則はしばしば「導関数を掛け算する公式」として記憶されるが、式が合成になっていない場合は適用できない。たとえば単に積の形 \(y=x^2\cdot (x+1)\) に対して連鎖則を当てようとすると、外側と内側を正しく定義できず、結果が不整合になる。
また、累乗と掛け算が混同される場合もある。たとえば \((x^2+1)x\) は「外側がかっこ全体のべき乗」ではなく「かっこ内の和に \(x\) を掛ける」構造である。かっこ位置を誤ると、合成として解釈してしまい、誤った形の微分が導かれる。
3.2 かっこ(引数)の見落とし
最大の誤り要因は、かっこ内の範囲を取り違えることにある。たとえば \[ y=\sqrt{1+x^2} \] で、\(\sqrt{\cdot}\) の範囲が \(1+x^2\) である点を見落とすと、\(\sqrt{1}\) を外側とみなすなどの誤読につながる。正しくは外側が平方根、内側が \(1+x^2\) なので、\(\sqrt{\,}\) の外側微分と内側微分を合わせる必要がある。
同様に \(\sin^2 x\) と \(\sin(x^2)\) は別物である。前者は「\(\sin x\) を二乗」なので外側がべき乗、後者は「\(\sin\) の引数が \(x^2\)」なので合成が別の位置に生じる。どちらも見た目が似るため、添字のような記法と関数のかっこを区別して読むことが重要である。
3.3 定数の扱いと単位の整理
内側・外側の微分では、定数は微分されないという性質を正しく利用する必要がある。たとえば \(y=\ln(5x)\) で \(5\) を忘れて \(y=\ln(x)\) と見なすと、導関数の係数が変わる。連鎖則では内側の微分に係数が現れるため、定数の入れ子は結果に反映される。
単位の観点では、三角関数や指数関数の引数が「無次元量」であることが望ましい。微分計算自体は形式的に進められるが、物理量として解釈する場面では、引数の次元が成立しているかを確認することで、モデルの整合性が保たれる。ここでは微分技法というより、運用上の注意として扱われる。
3.4 省略された前提(微分可能性)
連鎖則は、関数が必要な範囲で微分可能であることを前提として成り立つ。たとえば分母に入る式がゼロになる点では導関数が定義できない場合がある。たとえば \(\frac{d}{dx}\arctan(1/x)\) では、\(x=0\) の近傍で内側が未定義となるため、連鎖則を適用できる区間が限定される。
また、平方根や対数の定義域にも注意が必要である。内側の式が負あるいはゼロになる領域では外側が実数として定義されないことがあり、その結果として微分も意味を持たない。実務では、式変形の前に定義域を確認し、微分の主張が成り立つ範囲を意識することが求められる。
4 多変数への拡張
4.1 合成とヤコビ行列
4.1.1 一般形の考え方(概要)
多変数では、合成の考え方がより体系的に整理され、線形化の情報を行列として扱う。独立変数を \(x\in\mathbb{R}^n\) とし、内側の変換を \(u=g(x)\in\mathbb{R}^m\)、外側の出力を \(y=f(u)\in\mathbb{R}^k\) とする。微小な変化 \(dx\) が内側で \(du\) へ写像され、その変化が外側で \(dy\) へ伝わる。
この関係を一次近似として記述するのがヤコビ行列である。内側のヤコビ行列は \(g\) の各成分の偏微分から作られ、外側のヤコビ行列は \(f\) の各成分の偏微分から作られる。連鎖則はこれらを行列の積として結び、総合的な微分(線形近似)の構造を与える。
要点は、一次元の「微分を掛ける」操作が、多変数では「ヤコビ行列を掛ける」操作に置き換わることにある。行列の積の順序は重要で、どの変換が先に適用されるかに対応する。
4.2 勾配を用いた連鎖の見通し
多変数の場面で、出力がスカラーである場合には勾配ベクトルが視覚的に役立つ。たとえば \(y=f(u)\) がスカラー、\(u=g(x)\) がベクトルとすると、勾配は「方向に対する変化の強さ」を表す。連鎖則は、内側の微分で作られた方向の変化を、外側の勾配が重み付けして合成する形に解釈できる。
結果として、勾配とヤコビ行列の間の関係が整理され、具体的な計算では「外側の感度(勾配)」と「内側の変換(ヤコビ)」を組み合わせる。実務では、どれがスカラーでどれがベクトルかを確定してから、対応する微分記号(勾配、ヤコビ行列、全微分)を選ぶことが誤り防止につながる。
4.3 具体例:簡単な合成関数の微分
例として、二変数 \(x=(x_1,x_2)\) に対し \[ u=x_1^2+x_2^2,\qquad y=\ln(u) \] とする。ここで内側はスカラー \(u=g(x)\)、外側は \(\ln(u)\) の合成である。まず内側の勾配は \[ \nabla u=\left(\frac{\partial u}{\partial x_1},\frac{\partial u}{\partial x_2}\right)=(2x_1,2x_2) \] 次に外側は \(y=\ln(u)\) なので、外側の微分は \(\frac{dy}{du}=\frac{1}{u}\) と書ける。全体の勾配は外側の変化率で内側の勾配をスケールする形になる。
したがって \[ \nabla y=\frac{1}{u}\nabla u=\frac{1}{x_1^2+x_2^2}(2x_1,2x_2) \] が得られる。ここでは \(x_1^2+x_2^2>0\) の領域で \(u\) が正となり対数が実数として定義されるため、その条件下で式が意味を持つ。
別の例として、出力が複数成分の場合には同様の発想でヤコビ行列の積を用いる。たとえば \(u=g(x)\) がベクトルで、外側 \(f\) もベクトルなら、各成分の微分を行列で整理し、連鎖則が行列積として反映される。こうした整理により、合成構造が計算の中心に据えられる。