1.1 起源と発展
ビオラの祖先は、中世ヨーロッパで使用されたフィドルやヴィエルなどの弓奏弦楽器に遡る。16世紀初頭、イタリアでヴァイオリン族が成立する過程で、ビオラはその中音域を担う楽器として発展した。初期のビオラは現在よりも多様なサイズと形状を持ち、しばしば「ヴィオラ・ダ・ブラッチョ」(腕に支えるヴィオラ)と呼ばれた。17世紀に入ると楽器製作技術が向上し、アマティ、ストラディヴァリ、グァルネリなどの名工が現在の標準的な形状を確立した。
1.2 バロック期のビオラ
バロック時代、ビオラは主にオーケストラの内声部や通奏低音の充填に用いられた。しかし、ヘンデルやJ.S.バッハは協奏曲や室内楽でビオラに重要な役割を与え、特にバッハのブランデンブルク協奏曲第6番では2台のビオラが独奏楽器として活躍する。この時期の楽器はガット弦と低い張力で演奏され、現代よりも柔らかく温かみのある音色だった。
1.3 古典派・ロマン派以降
古典派時代、モーツァルトは交響曲協奏曲(ヴァイオリンとビオラのための)でビオラの独奏性を高めた。ロマン派ではベルリオーズが『イタリアのハロルド』でビオラ独奏をオーケストラと融合させ、ソロ楽器としての地位を向上させた。20世紀以降はバルトーク、ヒンデミット、ショスタコーヴィチなどが重要な協奏曲を書き、ビオラの表現力はさらに拡大した。
2.1 サイズと形状
ビオラはヴァイオリンより約1.5倍大きく、標準的なボディ長は約400〜430mmだが、個々の製作者によって多様なサイズが存在する。チェロよりは小さく、演奏者は両脚で楽器を挟むか、肩に載せて演奏する。形状はヴァイオリンに類似するが、比率が異なり、特に下部ブロックの幅が広い。音量と音色のバランスを取るため、サイズは個人の体格や演奏スタイルに合わせて選ばれる。
2.1.1 ボディと共鳴
ボディは中空の木製構造で、f字孔から内部の共鳴が制御される。内部にはバスバーと魂柱が配置され、振動を効率的に伝達する。ビオラの大きさは理想的な共鳴周波数と密接に関係し、大きすぎると低音が強くなる一方で高音の明瞭さが損なわれる。このため、製作家は音質と演奏性の妥協点を模索する。
2.2 材木
2.2.1 表板(スプルース)
表板には主にスプルース(エゾマツ属)が用いられる。軽量で剛性が高く、振動伝達特性に優れる。年輪が均等で密度の高い材が高品質とされ、音の明るさと反応の良さを生む。表板の厚さとアーチ形状は、音色の設計上最も重要な要素の一つである。
2.2.2 裏板・側板(メイプル)
裏板と側板にはメイプル(カエデ属)が一般的に使用される。硬くて密度が高く、美しい虎斑模様(フレイム)が現れる材が珍重される。メイプルは音を反射し、明瞭で力強い音色を支える。側板は薄く削られ、高温で曲げてボディの形状に合わせられる。
2.3 ネックと指板
ネックはメイプル製で、表板に対して斜めに取り付けられ、一定の角度(オーバースタンド)を持つ。指板は黒檀(エボニー)製が標準で、硬度が高く摩耗に強い。指板の長さはヴァイオリンよりやや長く、弦の有効長(弦長)は約370〜380mm。ネックの太さや形状は演奏者の手の大きさに合わせて調整される。
2.4 弦と駒
弦は現代では主に金属弦(スチールコア、シルク巻きなど)が使われるが、ガット弦も一部で復興されている。調弦はC-G-D-A(低い方から)で、ヴァイオリンより完全5度低い。駒(ブリッジ)はメイプル製で、弦の振動を表板に伝える。駒の位置と形状は音色と音量に大きく影響し、調整が頻繁に行われる。
3.1 運弓
ビオラの弓はヴァイオリン弓よりやや太く重く、張りが強い。運弓の基本はヴァイオリンと同様だが、弦が太いためより力強い圧力とストロークが必要とされる。ダウン・ボウとアップ・ボウの切り替え、弓の部位(先端、中央、元)による音色変化、スピッカートやマルテラートなどのアーティキュレーションも重要な技術である。
3.2 運指とポジション
運指の基本はヴァイオリンと共通するが、弦長が長いため指の間隔が広く、シフトの距離も大きい。ポジションは第1から第7以上まで使用され、特に低いポジションでの太い弦の押さえ方には力が必要。半音階や重音(ダブルストップ)も広く用いられる。親指の位置や手首の角度は、グリップ力と速いパッセージを両立させるために調整される。
3.3 特殊奏法
3.3.1 ピツィカート
指で弦をはじく奏法。ビオラでは弦が太いため、ヴァイオリンよりも響きが深く、分厚い音が得られる。右手ピツィカートが標準だが、左手で弦をはじく左手ピツィカートも高度な技術として用いられる。伴奏や軽快なリズム表現に頻出する。
3.3.2 ヴィブラート
音を揺らして豊かさを加える奏法。ビオラのヴィブラートはヴァイオリンよりも幅が広く、ゆっくりとした揺れが特徴的で、楽器の温かみを引き立てる。指の関節と手首・腕の協調運動が重要で、音量や音色のコントロールに不可欠な技術である。
4.1 オーケストラ
4.1.1 内声部の充填
オーケストラでは第1ヴァイオリンとチェロ・コントラバスの間に位置し、和声の内声(アルト声部)を担当する。これにより和音の厚みと音響的なバランスが生まれる。ビオラパートはしばしば刻みや対旋律を担当し、オーケストラの色彩を豊かにする。
4.1.2 伴奏とメロディ
和声的な伴奏が主だが、時にはメロディラインを任されることもある。特にロマン派以降の作品では、ビオラがソロ的な役割を担うパッセージが増えた。例えばドヴォルザークの『新世界より』第2楽章の主題や、チャイコフスキーの『ロミオとジュリエット』のテーマでビオラが活躍する。
4.2 室内楽
4.2.1 弦楽四重奏
弦楽四重奏(第1・第2ヴァイオリン、ビオラ、チェロ)において、ビオラは内声と対旋律を司る。第2ヴァイオリンとチェロの間を埋め、和声の充実とテクスチャの調整を行う。ベートーヴェンやブラームスの四重奏曲ではビオラに重要な独奏が与えられる。
4.2.2 ピアノ四重奏
ピアノ四重奏(ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、ピアノ)では、ビオラは弦楽器群の中核として和声と対旋律を提供する。ピアノの音量と弦楽器のバランスを取る役割も担う。フォーレやシューマンの作品で顕著である。
5.1 独奏曲と協奏曲
5.1.1 主要な協奏曲
ビオラのための協奏曲で最も演奏されるのは、バルトークのビオラ協奏曲(遺作、ティボール・シェルリーによる補完版)である。他に、ヒンデミットの『白鳥を焼く男』協奏曲、ウォルトンのビオラ協奏曲、ショスタコーヴィチの室内交響曲(原曲は弦楽四重奏)などがある。
5.1.2 近代作品
20世紀以降、多くの作曲家がビオラ独奏曲を書いた。リゲティのソナタ、ペンデレツキのカデンツァ、ベリオのセクエンツァVIなど前衛的な作品も多い。近年ではケン・アダムスやリリアン・トーらの作品も注目される。
5.2 室内楽作品
室内楽では弦楽四重奏が最も重要だが、ビオラが加わる作品としてモーツァルトの弦楽五重奏曲(2台のビオラ使用)、ブラームスの弦楽六重奏曲などがある。また、シューベルトの『死と乙女』やドヴォルザークの『アメリカ』でもビオラは存在感を示す。
5.3 オーケストラ作品
オーケストラ作品でのビオラの名ソロとして、ベルリオーズ『イタリアのハロルド』(独奏ビオラと管弦楽)、リヒャルト・シュトラウスの『ドン・キホーテ』(チェロとビオラの独奏あり)、ラヴェルの『ダフニスとクロエ』第3部などが挙げられる。
6.1 歴史上の名手
18〜19世紀にはヴィルトゥオーソは少なかったが、カール・シュターミッツはビオラ協奏曲を書き自ら演奏した。ロマン派以降ではリヒャルト・シュトラウスの父フランツ・シュトラウス、さらにヴィリー・シュトラウスやライオネル・ターティス(ターリッシュ)が近代ビオラ奏法の基礎を築いた。
6.2 現代の奏者
20世紀後半以降、ウラジミール・メルベルク、ユーリ・バシュメット、トーマス・リーブル、キム・カシュカシャン、鈴木理恵子らが国際的なソリストとして活躍する。特にバシュメットはビオラ専任のソリストとして世界的な知名度を持ち、多くの新作を委嘱した。
6.3 ビオラ教育
大学や音楽院ではヴァイオリン専攻に比べ遅れて独立したコースが設けられたが、現在では多くの教育機関にビオラ専攻が存在する。教則本ではカンパニョーリ、ローデ、ドントのエチュードが基礎訓練として使われ、ブリュンナーやキムのような指導者のメソッドもよく知られる。
7.1 ジョークとステレオタイプ
「ビオラ・ジョーク」は音楽界でよく知られたジョークのカテゴリーであり、「ビオラ奏者はフラストレーションのたまったヴァイオリン奏者」とか「ビオラの音は聞こえない」といった誇張が含まれる。これらはビオラの脇役的地位や認知度の低さを笑いにするもので、実際の奏者たちは自嘲的に受け止めることも多い。
7.2 ポピュラー音楽での使用
ポピュラー音楽ではビオラはあまり一般的ではないが、一部のアーティストが使用する。ビートルズの『エリナー・リグビー』のストリングス・アレンジにはビオラが含まれる。映画音楽でも『ダークナイト』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』のサウンドトラックで印象的なソロがある。フォークやアコースティック系のバンドでも活用される。
8.1 ヴィオラ・ダ・ガンバ
ヴィオラ・ダ・ガンバはルネサンス・バロック期に隆盛した弦楽器群で、ビオラとは異なる発展を遂げた。脚の間に挟んで演奏し、6本または7本の弦を持ち、フレットが付いている。音色は柔らかく、ビオラよりも低音域が多く、現代では古楽演奏で復興されている。
8.2 エレクトリック・ビオラ
エレクトリック・ビオラは、通常のビオラにピックアップを取り付けて増幅する楽器、またはソリッドボディの電気楽器である。アコースティックビオラに比べて音量調整やエフェクトが容易で、現代音楽やジャズ、ロックでの使用が見られる。YamahaやZeta社の製品が代表例である。