開発の経緯
1980年代後半、IBMは自社のメインフレームやミニコン向けのCISCアーキテクチャから、新しいRISCアーキテクチャへの移行を模索していた。1985年に開始された「America Project」は、高性能なRISCプロセッサの開発を目的とし、その成果としてPOWERアーキテクチャが誕生した。RS/6000はこのアーキテクチャを初めて製品化したシステムであり、AIXオペレーティングシステムと組み合わせて、従来のIBM RT PCを置き換える次世代のUNIXプラットフォームとして位置づけられた。
市場への登場と普及
1990年2月、IBMはRS/6000シリーズを正式に発表した。当初はデスクトップワークステーションとサーバの数モデルから始まり、科学技術計算、コンピュータ支援設計(CAD)、金融機関の取引処理など、高い数値演算性能が要求される分野で急速に普及した。特に浮動小数点演算性能が競合のSPARCやMIPSを上回ったことから、研究機関やエンジニアリング企業での採用が進んだ。1990年代前半から中盤にかけて、RS/6000はIBMのUNIXビジネスの主力製品として成長し、同社のサーバ市場におけるプレゼンスを確立した。
POWERプロセッサ
POWER1アーキテクチャ
RS/6000の最初のプロセッサであるPOWER1は、命令フェッチ、分岐処理、固定小数点演算、浮動小数点演算の各ユニットを独立して持つマルチチップ構成を採用した。1チップあたりの集積度は低かったが、パイプラインの最適化と複数演算ユニットの並列動作により、当時のRISCプロセッサ中で最高水準の性能を実現した。動作周波数は20~30MHzで、ベクトル処理に似た複合命令(MFYCRなど)を備えていた。
POWER2以降の改良
1993年に登場したPOWER2は、1チップ化を進めるとともに、キャッシュ容量の拡大(命令キャッシュ32KB、データキャッシュ最大256KB)や命令発行幅の増加を図った。さらに1995年にはPOWER2 Super Chip(P2SC)が開発され、最大200MHzで動作し、特に科学技術計算向けの演算性能が大幅に向上した。これらの改良により、RS/6000はスーパーコンピュータクラスの処理能力を持つハイエンドモデルを展開できるようになった。
システムバスとメモリ構成
RS/6000のシステムバスは、プロセッサとメモリコントローラ、I/O制御チップを接続する独自のMicro Channel Architecture(MCA)ベースのバスを採用した(後期モデルではPCIバスに移行)。メモリは初期モデルで16MBから128MB程度まで実装可能で、POWER2以降のモデルでは最大2GBまで拡張可能となった。メモリインタリーブやキャッシュコヒーレンシプロトコルにより、メモリアクセスレイテンシを低減していた。
入出力インタフェース
SCSI
RS/6000は標準的なストレージインタフェースとしてSCSI(Small Computer System Interface)を採用した。初期モデルはFast SCSI(同期転送10MB/s)に対応し、後のモデルではUltra SCSIやUltra160 SCSIに強化された。内蔵ディスクはSCSI接続のハードディスクドライブが使用され、外付けディスクアレイやテープドライブもSCSI経由で接続可能であった。
グラフィックスオプション
ワークステーションとしての用途を想定し、RS/6000は高解像度グラフィックスをサポートする拡張スロットを備えていた。初期のグラフィックスカードはIBM 6091シリーズで、1280×1024画素の24ビットカラー表示を実現。後にGXTシリーズ(GXT1000, GXT2000など)が登場し、3Dグラフィックスアクセラレーションを提供した。これらはCADや科学可視化アプリケーションの需要に応えた。
AIX
AIX Version 3
RS/6000のリリースと同時に提供されたAIX Version 3は、UNIX System V Release 4(SVR4)ベースにIBM独自の拡張を加えたオペレーティングシステムである。仮想記憶、論理ボリュームマネージャ(LVM)、ジャーナルファイルシステム(JFS)などの先進的な機能を搭載し、信頼性と管理容易性を重視した。また、SMIT(System Management Interface Tool)というメニュー形式の管理ツールを備え、システム管理者の作業を効率化した。
AIX Version 4
1994年にリリースされたAIX Version 4は、カーネルの改良により64ビット対応の準備が行われ、POWER2やP2SCの機能を最大限に活用できるようになった。また、オブジェクトデータマネージャ(ODM)によるデバイス管理の導入、そしてマルチスレッド対応の強化が図られた。Version 4.3以降ではIPsecやNFS Version 3のサポートが追加され、ネットワーク機能も充実した。
その他のOSサポート(Linux、BSDなど)
1990年代末から2000年代初頭にかけて、RS/6000上でLinuxを動作させる取り組みがコミュニティやIBM自身によって進められた。1999年にはPowerPC版のLinuxカーネルがRS/6000に対応し、特に安価なサーバ用途で選択肢が広がった。また、一部のユーザーはNetBSDやOpenBSDを移植して利用したが、公式サポートは限定的であった。2000年以降、IBMはAIXとLinuxのデュアルブートや、LinuxアプリケーションのAIX上での実行を可能にする技術(AIX Toolbox for Linux Applications)を提供した。
主要なアプリケーションとミドルウェア
RS/6000上では、IBM自身が開発したDB2、WebSphere、Lotus Dominoなどのミドルウェアが広く利用された。また、サードパーティ製の科学技術計算ソフトウェア(ANSYS、MATLAB、CATIAなど)や金融取引システム、石油探査シミュレーションなど、高い演算性能と信頼性が求められるアプリケーションが数多く移植された。特にHPC(High Performance Computing)分野では、並列プログラミングライブラリ(PVM、MPI)やIBM独自のParallel Environment(PE)が提供され、大規模クラスタ構築に活用された。
デスクトップワークステーション(320, 530など)
初期のデスクトップモデルとしては、POWER1を搭載する320(25MHz)や530(33MHz)が代表的である。筐体はタワー型の下部に本体があり、上部にモニタを載せるデザインが特徴だった。後にPOWER2を搭載する620(66MHz)や、よりコンパクトな140シリーズなどが発売され、価格帯も幅広く展開された。これらのモデルは、エンジニアリングや設計業務の個人向けワークステーションとして普及した。
ラックマウントサーバ(570, 590など)
サーバ用途では、570(POWER1 41MHzマルチプロセッサ対応)や590(POWER2 66MHz)などのラックマウントモデルが主力であった。これらは最大4CPUまで搭載可能であり、データベースや科学計算サーバとして活用された。また、FDDIやイーサネットなどのネットワークインタフェースを内蔵し、拡張スロットにより追加カードを装着できた。
ハイエンドモデル(J30, J50など)
1990年代半ばに登場したJ30やJ50は、P2SCプロセッサを搭載し、最大8CPUの対称型マルチプロセッシング(SMP)構成を実現した。特にJ50は高帯域のシステムバスと大容量キャッシュを備え、スーパーコンピュータに匹敵する演算性能を達成した。これらのモデルは、国立研究所や大企業のメインサーバとして採用され、TOP500リストにも名を連ねた。
RS/6000からpSeriesへ
2000年、IBMはサーバおよびワークステーションの製品ラインを再編し、RS/6000の名称を「pSeries」に変更した。この変更に伴い、プロセッサはPOWER3からPOWER4へと進化し、同一チップ上に2つのプロセッサコアを搭載するようになった。pSeriesは引き続きAIXとLinuxをサポートし、RS/6000時代のソフトウェア互換性を維持した。
IBM System pとPower Systems
2005年、IBMはサーバブランドを「System p」に統合し、さらに2008年にはPowerプロセッサベースの全サーバを「IBM Power Systems」として一本化した。このシリーズは、LPAR(論理区画)による仮想化機能や、Capacity on Demand(需要に応じた性能拡張)など、柔軟なリソース管理を特徴とする。RS/6000の設計思想やAIXのノウハウは、これらの後継システムに継承されている。
技術遺産とオープンな影響
RS/6000が採用したPOWERアーキテクチャは、後にPOWER4以降のスケーラブルSMP設計や、PowerPC、Cell Broadband Engineなどの派生プロセッサに発展した。また、AIXに搭載された論理ボリュームマネージャやジャーナルファイルシステムの概念は、LinuxやFreeBSDなどのオープンソースOSに影響を与えた。RS/6000は、IBMがRISC/UNIX市場でのリーダーシップを確立する上で重要な役割を果たした。
- POWERアーキテクチャ
- AIX
- pSeries
- IBM Power Systems
- RISC
- UNIXワークステーション
- IBM Corporation, "RS/6000 Technical Reference", 1991.
- K. D. Rudd, "The PowerPC Architecture: A Specification for a New Family of RISC Processors", 1994.
- J. R. Mashey, "The RS/6000 and Its Predecessors", 1995.
- IBM Redbooks, "RS/6000 Models 530 and 570 Technical Guide", 1992.
- IEEE Computer Society, "POWER1 and POWER2: IBM's RISC Processors", 1994.