米国国防総省(United States Department of Defense、略称DoD)は、アメリカ合衆国連邦政府の行政機関の一つであり、国家安全保障と軍事に関する全ての政策・活動を統括する。1947年に国家安全保障法により設置され、首都ワシントンD.C.郊外のペンタゴンに本部を置く。陸軍、海軍、海兵隊、空軍、宇宙軍の5つの軍種を管轄し、文民統制の下で国防戦略の策定、予算配分、兵力運用、装備調達などを担う。世界最大の雇用主であり、年間予算は数千億ドルに上る。
1 歴史
1.1 設立の背景(1947年国家安全保障法)
第二次世界大戦後、アメリカは従来の陸軍省と海軍省の分立体制では統合的な安全保障政策に支障をきたすと判断した。1947年、トルーマン大統領の下で国家安全保障法が成立し、新たに空軍省を加えた国防総省が設立された。同法はまた、国家安全保障会議(NSC)と中央情報局(CIA)を創設し、国防総省を統合的な軍政機関として位置づけた。当初の名称は「国家軍事機関(National Military Establishment)」であったが、1949年の改正で正式に「国防総省」と改称された。
1.2 冷戦期の組織再編
冷戦期、国防総省はソビエト連邦との軍拡競争に対応するため、大規模な組織再編を繰り返した。1958年の国防再編法により、統合参謀本部の権限が強化され、作戦指揮系統が一元化された。ベトナム戦争後、指揮系統の非効率性が露呈し、1980年代にさらなる改革が進められた。
1.2.1 1986年ゴールドウォーター=ニコルズ法
1986年、ゴールドウォーター=ニコルズ国防省再編法が成立した。同法は統合参謀本部議長の権限を強化し、軍種間の調整を改善した。また、戦闘司令官(unified combatant commanders)の指揮権を明確化し、作戦上の縦割りを解消した。この法律は冷戦後の軍事作戦の効率化に大きく貢献した。
1.3 21世紀の変革
9.11テロ事件後、国防総省は対テロ戦争を主導し、アフガニスタンとイラクで長期の軍事作戦を展開した。2010年代には国防費削減を迫られ、予算効率化と技術革新が優先課題となった。2019年、宇宙を新たな作戦領域としてアメリカ宇宙軍が設立され、国防総省の所管が拡大した。2020年代には人工知能やサイバー戦への対応が組織改革の中心となっている。
2 組織構造
2.1 長官と副長官
国防長官(Secretary of Defense)は国防総省の最高責任者であり、大統領の内閣の一員として国防政策の策定と執行を統括する。副長官(Deputy Secretary of Defense)は長官を補佐し、日常業務を担当する。両職とも文民が就任する。
2.1.1 文民統制の原則
アメリカ合衆国憲法に基づき、軍は文民の統制下に置かれる。国防長官は現役軍人であってはならず、軍事的専門性と政治的責任の分離を図る。この原則は国防総省の組織運営の根幹をなす。
2.2 統合参謀本部
統合参謀本部(Joint Chiefs of Staff、JCS)は、各軍種の最高責任者からなる諮問機関であり、大統領、国家安全保障会議、国防長官に対して軍事助言を提供する。統合参謀本部自体は指揮権を持たず、戦闘司令官への作戦指揮は大統領から国防長官を経て行われる。
2.2.1 統合参謀本部議長
統合参謀本部議長(Chairman of the Joint Chiefs of Staff)は全軍の筆頭軍事顧問であり、各大統領や国防長官に任用される。議長は軍種を超えた立場から戦略的な助言を行い、統合参謀本部の会議を主宰する。通常、現役の大将が就任する。
2.3 各省・軍種
国防総省の下には陸軍省、海軍省、空軍省の3つの軍事省(Military Departments)が設置され、それぞれ対応する軍種の管理・訓練・装備を担当する。海兵隊は海軍省の管轄下にあるが、独自の指揮系統を持つ。
2.3.1 陸軍省
陸軍省(Department of the Army)はアメリカ陸軍を管轄し、陸軍長官(Secretary of the Army)が文民トップを務める。陸軍参謀総長(Chief of Staff of the Army)が軍事面の最高責任者となる。
2.3.2 海軍省
海軍省(Department of the Navy)はアメリカ海軍とアメリカ海兵隊を管轄する。海軍長官(Secretary of the Navy)が文民トップであり、海軍作部長(Chief of Naval Operations)と海兵隊司令官(Commandant of the Marine Corps)が各軍種を率いる。
2.3.3 空軍省
空軍省(Department of the Air Force)はアメリカ空軍とアメリカ宇宙軍を管轄する。空軍長官(Secretary of the Air Force)が文民トップであり、空軍参謀総長(Chief of Staff of the Air Force)と宇宙軍作戦部長(Chief of Space Operations)が各軍種を指揮する。
2.4 国防機関
国防総省には軍種省以外にも多くの国防機関(Defense Agencies)が存在し、共通の支援機能や特殊任務を担う。主要なものとして、国防情報局(DIA)、国防兵站局(DLA)、国防脅威削減局(DTRA)などがある。
2.4.1 国防高等研究計画局(DARPA)
国防高等研究計画局(DARPA)は国防総省の研究開発機関であり、革新的な軍事技術の創出を使命とする。インターネットやGPSの前身など、多くの画期的な技術を生み出してきた。プロジェクトは短期集中型で、リスクの高い挑戦を奨励する。
2.4.2 国家安全保障局(NSA)
国家安全保障局(NSA)は情報保証とシギント(信号情報)を担当する国防機関である。暗号技術の開発、通信傍受、サイバーセキュリティなどを行い、世界的な監視ネットワークを運用する。極秘性が高い組織として知られる。
3 管轄軍種
3.1 アメリカ陸軍
アメリカ陸軍は国防総省の管轄する最大の軍種であり、地上戦力を担当する。約50万人の現役兵員を擁し、歩兵、機甲、砲兵、航空部隊などを編成する。世界的な展開能力を持ち、紛争地域への派遣や人道支援活動にも従事する。
3.2 アメリカ海軍
アメリカ海軍は海洋戦力を担当し、航空母艦、潜水艦、駆逐艦など約300隻の艦艇を運用する。11隻の空母打撃群を中核として、世界中の海域でプレゼンスを維持する。海軍航空隊も重要な構成要素である。
3.3 アメリカ海兵隊
アメリカ海兵隊は水陸両用作戦を主任務とする独立した軍種であり、海軍省の管轄下にある。約18万人の現役兵員を擁し、遠征即応能力に優れる。歩兵部隊に加え、航空機や車両も独自に装備する。
3.4 アメリカ空軍
アメリカ空軍は航空戦力と宇宙戦力を担当し、戦闘機、爆撃機、輸送機、早期警戒機など多様な航空機を運用する。核戦力の一部(ICBMや戦略爆撃機)も管理する。宇宙作戦は新設の宇宙軍に移管されつつある。
3.5 アメリカ宇宙軍
アメリカ宇宙軍は2019年に設立された最新の軍種であり、宇宙領域における作戦を統括する。衛星通信、測位、監視、ミサイル警戒などの宇宙資産を運用し、宇宙における自由なアクセスと紛争対処を任務とする。
4 予算と調達
4.1 歳出の構成
国防総省の年間予算は約8,000億ドル(2024年度)であり、これは連邦予算の約12%を占める。予算は国防総省予算(ベース予算)と海外緊急作戦予算(OCO)に大別される。
4.1.1 人件費
人件費は予算の約30%を占め、現役・予備役軍人の給与、住宅手当、医療、年金などに充てられる。約20万人の民間人職員の給与も含む。
4.1.2 装備調達費
装備調達費は予算の約25%を占め、戦闘機、艦艇、車両、ミサイル、電子機器などの新規調達と改修に使用される。研究開発費(R&D)も関連して約15%を占める。
4.2 主要契約企業
国防総省の最大の契約企業はロッキード・マーチン、ボーイング、ノースロップ・グラマン、ゼネラル・ダイナミクス、レイセオン(現RTX)などであり、これら上位5社で調達額の約40%を占める。契約は競争入札と随意契約が混在し、国防総省調達規則(DFARS)に従う。
5 人事と人員
5.1 現役軍人
現役軍人は約130万人(2024年時点)であり、陸軍約45万人、海軍約34万人、海兵隊約17万人、空軍約33万人、宇宙軍約1万人で構成される。入隊者は職業軍人として訓練を受け、平均在籍年数は約8年である。
5.2 予備役と州兵
予備役と州兵は約80万人を擁し、国防総省の予備戦力として平時は訓練と地域防衛に従事し、有事に動員される。各州の州兵は連邦と州の二重の指揮下にあり、災害対応など国内任務も担う。
5.3 民間人職員
国防総省は約75万人の文民職員を雇用しており、基地運営、兵站、調達、研究開発などを担当する。多くはペンタゴンや各基地の事務職であるが、技術者や科学者も多数含まれる。
6 主要施設
6.1 ペンタゴン
ペンタゴンはバージニア州アーリントン郡に位置し、国防総省本部の建物である。五角形の形状で知られ、床面積は約60万平方メートル、約2万3千人が勤務する。1943年に完成し、世界最大のオフィスビルの一つである。9.11テロではアメリカン航空77便が突入し、死者189名を出した。
6.2 国内外の基地
国防総省は世界中に約750か所の基地・施設を有し、そのうち約500か所が米国内にある。主要な国内基地としてフォート・リバティ(ノースカロライナ州)、フォート・フッド(テキサス州)、ノーフォーク海軍基地(バージニア州)などがある。海外では日本(在日米軍)、ドイツ、韓国、クウェートなどに大規模な基地を維持する。
7 関連法規と政策
7.1 国防戦略文書
国防総省は定期的に「国防戦略(National Defense Strategy)」を発表し、安全保障環境の分析と優先事項を示す。最新の2022年版では中国を「最大の戦略的競争相手」と位置づけ、インド太平洋地域への集中、核戦力の近代化、技術優位の確保を掲げる。また、年次「核態勢見直し(Nuclear Posture Review)」や「ミサイル防衛見直し(Missile Defense Review)」も策定する。
7.2 核抑止政策
アメリカの核抑止政策は、国防総省とエネルギー省(核兵器の維持管理)が共同で実行する。基本方針は「拡大抑止(extended deterrence)」であり、同盟国への核の傘の提供を含む。冷戦後、戦略兵器削減条約(START)などによる核弾頭数の削減が進められたが、近年はロシアや中国の核戦力近代化に対応して、核戦力の更新計画(地上戦略抑止システム、B-21爆撃機、コロンビア級潜水艦など)が進行中である。