1 定義
1.1 状態変数の基本概念
状態変数とは、ある系について「ある時点での状態」を特徴づけるために用いられる量(あるいは量の組)である。状態は、以後の時間発展や観測結果を決めるために必要な情報として扱われ、状態変数はその情報を数値として表す役割を担う。 この考え方では、状態変数の値が同じであれば、系の将来の振る舞い(少なくともモデルの仮定の範囲内)が一致するとみなされる。したがって状態変数は、単なる観測値の列ではなく、力学的・熱力学的・工学的な記述を成立させるための「状態の代表量」として定義される。
1.2 状態量との関係
状態変数は、状態量(state quantity)と密接に関連する。状態量は、系の状態を一意に定めるために用いられる物理量・化学量などの総称として扱われることが多い。実務上は、状態変数と状態量の境界は文脈により揺れるが、一般には次の対応がある。 (1) 状態量として考える量を、(2) 数学的な変数として記述し、(3) その値の組が状態を表す、という流れで状態変数が用いられる。例として、熱力学では内部エネルギーやエンタルピーなどが状態量として扱われ、これらを変数として選ぶことで状態の記述が行われる。
1.3 一般的な性質
状態変数の有用性は、記述の閉性(必要情報が状態に含まれること)によって支えられる。すなわち、状態変数の値だけで時間発展則や平衡条件の評価が可能であれば、その集合は状態の良い表現になっているといえる。 また、状態変数の選び方は一意ではない。系を適切に表すのに十分で、かつモデル化の都合が良い量を自由に選べる場合が多い。さらに、状態変数の数(状態空間の次元)は、系の自由度や制約、記述に許す誤差の大きさに依存する。
2 分野別の用法
2.1 物理学における状態変数
2.1.1 力学系での状態変数
力学系では、状態変数は通常、位置や速度などを含むベクトル量として導入される。例えば古典力学の力学系では、ある粒子に対して位置と運動量(あるいは位置と速度)を状態変数として選ぶことで、方程式の解が次時刻の状態を決める。 このとき「履歴」に依存しない記述が可能かどうかが重要になる。摩擦や粘性のように単純なモデルで履歴が不要になる場合、標準的な状態変数だけで予測できる。一方で、一般化した材料モデルや遅れのある作用を扱う場合は、追加の内部変数を状態変数に含めないと、過去の影響が現在の値に表れず閉性が崩れることがある。
2.1.2 熱力学での状態変数
熱力学では状態変数として、温度、圧力、体積、エントロピーなどが用いられる。これらは「平衡状態」における状態を特徴づける量であり、状態量としての性格上、経路(どのように状態に至ったか)に依存しない関係が成り立つことがある。 特に、状態関数として定義される量は、与えられた温度や圧力などの組によって値が決まる。相転移を含む場面では、相の混在割合や相境界に関する記述が必要になることもあり、状態変数の選択は現象の階層によって調整される。
2.2 化学における状態変数
2.2.1 反応系の記述
化学反応では、反応進行の程度を表す量や種の量が状態変数として使われる。例として、各成分のモル数または物質量(あるいはその濃度)や、反応の進行度が状態を特徴づける変数になる。 反応速度や拡散を含むモデルでは、これらの量の時間変化を支配する方程式が立てられる。状態変数が適切であれば、反応器内の組成や濃度分布の時間発展を一貫して記述できる。
2.2.2 組成と平衡の表現
平衡論では、温度や圧力に加えて、組成を決める状態量が重要になる。独立な組成変数(たとえば化学種のモル分率の一部)と熱的状態変数の組によって平衡条件が評価される。 また、平衡定数や活量に関する関係が、状態変数の選択に応じて表現される。反応の見かけ上の平衡状態を特徴づけるには、反応系の自由度や制約を反映した状態変数の数の調整が必要になる。
2.3 工学における状態変数
2.3.1 制御理論での状態変数
制御理論では、状態変数は入力と出力の関係を整理するための中核となる。制御対象を状態空間モデルとして記述するとき、状態変数は系の内部の記憶を担う量であり、過去入力の影響が現在の状態として集約される。 状態方程式により、状態変数の時間変化が入力により決まり、出力方程式により状態から観測量が計算される構造が典型である。この枠組みでは、設計対象の安定化や追従制御の議論が、状態変数の性質(可観測性や可制御性)を通じて定式化される。
2.3.2 システム同定との関係
システム同定の文脈では、状態変数をどのように定義し、モデルの次数をどう選ぶかが課題になる。観測可能な入出力データから、状態空間表現を推定する際には、状態変数の意味が物理量に直接結びつかない場合でも数学的に整合する状態の定義が必要になる。 同定では、モデル次数の過不足やノイズの影響が推定された状態の性質に影響するため、状態変数の選択は実装上の性能と密接に結びつく。
3 数学的表現
3.1 状態空間
状態空間は、状態変数の値全体が作る空間として理解される。状態変数が$n$個であれば、状態は$\mathbb{R}^n$やそれに準ずる多様体上の点として表されることが多い。 この枠組みの利点は、時間発展を「状態空間上の写像」として扱える点にある。すなわち、時刻の進行は状態空間上での軌道(trajectory)として表現され、解析対象を幾何学的あるいは位相的な性質へ拡張できる。
3.2 状態方程式
状態方程式は、状態変数の時間変化を記述する関係式である。連続時間の代表例では、入力を含む場合に状態の微分が状態と入力の関数として与えられる形になる。無入力の場合でも、状態の時間発展を決める微分方程式あるいは差分方程式が与えられる。 状態方程式が適切に定義されていれば、初期状態(初期の状態変数)から時間後の状態が求められる。熱力学や化学の領域でも、不可逆性や緩和過程をモデル化する際に同様の「状態の時間発展」を用いることがある。
3.3 独立変数と従属変数
3.3.1 自由度との関係
独立変数と従属変数の区別は、状態変数の選択に直接関係する。状態変数の候補のうち、保存則や拘束条件がある場合は、全量が独立ではなくなる。したがって、状態空間の次元は自由度に対応して決まる。 例えば熱力学では、物質量や相の数などに関する拘束のもとで独立に選べる熱的・組成的変数の数が決まる。力学でも運動学的拘束があると、状態に含める変数の独立数が減る。適切な選び方をすると、方程式の記述が冗長にならず、解析が簡潔になる。
3.3.2 可観測性と可制御性
可観測性は、出力として観測できる情報から初期状態を一意に推定できるかを問う概念である。可制御性は、入力を適切に設計することで望む状態へ到達できる可能性を示す。これらは状態変数の有効性を左右する。 状態変数として選んだ値が、出力に十分に反映されなければ可観測性が低くなる。逆に、状態方程式において入力が状態に反映されにくい構造だと可制御性が制限される。どちらも状態空間モデルの設計・推定・実装における重要指標である。
4 応用
4.1 モデル化とシミュレーション
モデル化では、現象の本質を保ったまま状態変数を最小限に定めることが目標になる。状態変数を増やせば表現力は高まり得るが、推定負担や数値計算のコストも増える。 シミュレーションでは、状態方程式に基づいて軌道を計算し、時刻ごとの状態変数の値から観測量を再構成する。初期条件の取り扱いが精度に影響するため、状態変数の定義と観測手段の整合も重要になる。
4.2 予測と制御
予測では、現在の状態変数の推定値を出発点として将来の軌道を計算する。状態の同定誤差は予測誤差として蓄積しうるため、状態変数の選択と推定法の品質が結果を左右する。 制御では、望ましい出力を得るように入力を決める。その設計は、状態変数のダイナミクスが入力でどの程度操作可能か、また出力から状態をどの程度復元できるかに依存する。安定化、追従、制約付き制御など多様な課題が、状態空間の枠組みの上で整理される。
4.3 平衡解析と安定性解析
平衡解析では、時間発展が定常状態に落ち着く条件や、条件が満たされたときの状態変数の値を求める。熱力学の平衡や、動的モデルの定常解がこれに相当する。 安定性解析では、平衡状態に対して微小なずれが時間とともに増大するか減衰するかを調べる。数学的には、状態方程式の線形化や固有値解析などが用いられ、状態変数の選び方が解析の扱いやすさに影響する。適切な変数体系を選ぶことで、物理的意味を保ちつつ結論を得やすくなる。