1 定義と特徴
シティポップは、1970年代から1980年代にかけて日本で隆盛したポピュラー音楽のジャンルである。都市生活者の感覚や洗練された都会的なライフスタイルをテーマにした楽曲群を指し、西洋のAOR、ファンク、ジャズ、ソウル、ラテン音楽などの要素を融合した音楽性を持つ。軽快なリズム、印象的なベースライン、煌びやかなシンセサイザー、そして爽やかながらもノスタルジックなメロディーが特徴であり、日本の高度経済成長期からバブル期にかけての都市文化を音響的に表現したジャンルとして認識されている。
1.1 音楽的要素
シティポップの音楽的基盤は、1970年代から1980年代の西洋ポピュラー音楽に強く影響を受けている。AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)の洗練されたコード進行と滑らかなアレンジ、ファンクのグルーヴ感あふれるリズムセクション、ジャズの複雑なハーモニーとアドリブ要素、ソウルミュージックの情感豊かなボーカルスタイル、そしてラテン音楽のリズムパターンが融合している。特にベースラインは曲の骨格を形成する重要な要素であり、細野晴臣や後藤次利などのスタジオ・ミュージシャンによる技巧的なベースプレイが多くの楽曲で聴かれる。シンセサイザーの多用も特徴的で、ローランド・ジュピターやヤマハDX7などのデジタルシンセサイザーが生み出す華やかな音色が楽曲に現代的な輝きを与えている。リズム面では、ドラムマシンの導入やタイトなバッキングが都会的な印象を強化している。
1.2 テーマと歌詞
1.2.1 都市と恋愛
シティポップの歌詞世界は、都市空間における恋愛や人間関係を中心的なテーマとしている。東京をはじめとする大都市の風景—高層ビル群、湾岸エリア、高速道路、繁華街のネオンサイン—が舞台として頻繁に登場し、都市で生きる人々の洗練された感情や孤独感が描写される。恋愛はしばしばドライブやデート、バーでの出会いといった都市的なシチュエーションの中で語られ、大人の洗練された恋愛観が反映されている。男女の関係性においては、情熱よりもスマートな距離感や、自由と束縛の間の緊張関係がテーマとなることが多い。
1.2.2 季節感とノスタルジー
季節感の表現もシティポップの重要な特徴である。特に夏の情景—海、ドライブ、サンセット、リゾート—が頻繁に歌われ、開放感と哀愁が同居する独特のムードを醸成している。一方で、秋や冬の夜の街を舞台にした楽曲も多く、季節の移ろいとともに変化する都市の表情が繊細に描かれる。また、過去の思い出や失われた時間へのノスタルジーも重要なテーマであり、楽曲全体に漂う懐かしさが、後年の再評価において大きな魅力となっている。このノスタルジーは単なる過去への郷愁ではなく、高度成長期という時代の熱気とその後の変化を内包した複層的な感情である。
1.3 アートワークとビジュアル
シティポップのアルバムジャケットやミュージックビデオは、その音楽性と同様に都会的で洗練されたビジュアルスタイルを持つ。イラストレーションや写真を用いたジャケットデザインは、しばしば現実を理想化した都市風景やリゾート地、あるいは都会的なファッションに身を包んだ男女を描いている。特に1980年代のアルバムジャケットは、パステルカラーやネオンカラーを多用したグラフィカルなデザインが特徴で、南海岸を思わせる風景や高層ビルの夜景などが頻繁にモチーフとして使用された。これらのビジュアルは、音楽と一体となって「シティポップ」というジャンルの世界観を形成し、後年のヴェイパーウェイヴなどのサブカルチャーにも強い影響を与えている。
2 歴史と発展
2.1 1970年代:黎明期
シティポップの起源は1970年代半ばに遡る。当時、日本の音楽シーンではニューミュージックと呼ばれるフォークやロックを基調とした新しいポピュラー音楽が台頭していた。この流れの中で、山下達郎や大滝詠一などのアーティストが、西洋のAORやソウルミュージックの影響を強く受けた音楽を制作し始めた。1975年にリリースされた山下達郎のファーストアルバム『CIRCUS TOWN』や、1976年の大滝詠一の『NIAGARA MOON』などが、後のシティポップの基礎を築いた作品として位置づけられている。これらの作品では、すでに都会的なテーマと洗練されたアレンジが顕著に見られる。
2.1.1 ニューミュージックとの関わり
シティポップは、1970年代に隆盛したニューミュージックの流れから派生したジャンルである。ニューミュージックが日本のフォークソングやロックを基盤に、よりポップな方向性を模索したのに対し、シティポップはさらに西洋のブラックミュージックやAORの要素を積極的に取り入れた。両者の境界は曖昧であり、松任谷由実(ユーミン)や荒井由実など、ニューミュージックの代表的アーティストの作品が後にシティポップとして再評価されることも多い。ニューミュージックのレーベルであるアルファレコードやワーナーパイオニアなどがシティポップの重要な発表の場となった。
2.2 1980年代:黄金期
1980年代はシティポップの黄金期である。バブル経済の進行とともに、日本の音楽産業は未曾有の規模に成長し、シティポップはその中心的なジャンルの一つとして発展した。山下達郎、竹内まりや、松任谷由実、杏里、中森明菜などのアーティストが次々とヒット曲を生み出し、シティポップは単なる音楽ジャンルを超えて、都会的なライフスタイル全体を象徴するカルチャーとなった。1980年代前半には、シンセサイザーの普及とともにより煌びやかでデジタルなサウンドが主流となり、1986年頃からはバブル景気のピークとともに楽曲もより華やかで楽観的なムードを帯びるようになった。
2.2.1 バブル経済と音楽産業
バブル経済はシティポップの発展に決定的な影響を与えた。経済の好況により、レコード会社は大規模なプロモーションや高品質なスタジオ録音に投資できるようになり、洗練されたサウンドの制作が可能となった。また、消費者の購買意欲の高まりはレコードやCDの売上増加をもたらし、アーティストはより自由な音楽制作を行うことができた。都市開発の進展とともに、新しいライフスタイルや消費文化が生まれ、シティポップはその文化的表現として機能した。特に高級ブランド、高級車、リゾート旅行といったテーマが歌詞に頻繁に登場するようになった。
2.2.2 レコード会社とプロデューサー
シティポップの発展に重要な役割を果たしたのが、レコード会社とプロデューサーである。アルファレコードは細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏によるYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)を擁し、シティポップとテクノポップの融合を推進した。ワーナーミュージック・ジャパンは山下達郎や竹内まりやを抱え、AOR的なサウンドを発展させた。また、キティレコードは大滝詠一を中心とした個性的なプロダクションを展開した。プロデューサーとしては、村松邦男、清水信之、瀬尾一三、武部聡志などが重要な役割を果たし、スタジオ・ミュージシャンとして林立夫(ドラム)、後藤次利(ベース)、松任谷正隆(キーボード)らが多くの楽曲のサウンドを支えた。
2.3 1990年代以降:衰退と沈静化
1990年代初頭、バブル経済の崩壊とともにシティポップは急速に衰退した。経済の低迷は音楽産業全体に影響を与え、かつての華やかで楽観的な楽曲は時代の空気と合わなくなっていった。代わって、J-POPという新しい枠組みの中で、より多様な音楽が台頭するようになった。シティポップ的な要素は小室哲哉プロデュースによる小室サウンドや、1990年代後半の渋谷系(ピチカート・ファイヴやフリッパーズ・ギターなど)に継承されたが、一つのジャンルとしての明確な存在感は薄れていった。多くのアーティストは活動スタイルを変え、あるいは音楽シーンから距離を置くようになった。
2.4 2010年代以降:国際的再評価
2010年代以降、シティポップは予想外の復活を遂げる。インターネットの普及と音楽配信サービスの発展により、日本の音楽が世界中で容易にアクセスできるようになった結果、海外のリスナーがシティポップの魅力を再発見したのである。特にYouTubeやSoundCloudなどのプラットフォームでシティポップの楽曲がバイラルヒットし、新たなファン層を獲得した。この再評価は、日本の音楽産業にとっても予想外の現象であり、過去の作品の再発売や未発表音源の発掘が活発に行われるようになった。
2.4.1 ヴェイパーウェイヴとインターネットカルチャー
シティポップの国際的再評価には、ヴェイパーウェイヴ(Vaporwave)というインターネット発祥の音楽ジャンルが重要な役割を果たした。ヴェイパーウェイヴは1980年代の消費文化や情報社会をテーマにしたサンプリング音楽であり、シティポップの楽曲を slowed-down や reverb 加工して使用することが多かった。特に竹内まりやの「Plastic Love」や、杏里の「Remember Summer Days」などの楽曲がヴェイパーウェイヴのコミュニティで広くサンプリングされ、その結果として原曲自体への関心が高まった。ヴェイパーウェイヴのサブジャンルである未来ファンク(Future Funk)は、さらに積極的にシティポップの要素を取り入れた。
2.4.2 レコード・再発ブーム
シティポップの再評価と並行して、世界的なレコード文化のリバイバルも進行した。特に米国や欧州のレコードコレクターの間で、日本のシティポップのオリジナルプレス盤が高値で取引されるようになった。これを受けて、日本のレコード会社は過去のシティポップ作品の再発売を積極的に行い、2018年以降、数多くの名盤がリマスタリングや未発表曲を追加した形で再リリースされた。また、CDやデジタル配信でも以前は入手困難だった作品が再び聴けるようになり、新たなファンが過去の作品にアクセスしやすい環境が整った。
2.4.3 現代アーティストへの影響
シティポップの再評価は、現代のアーティストにも大きな影響を与えている。海外では、カナダのMac DeMarcoや米国のToro y Moiといったアーティストがシティポップ的な要素を取り入れた作品を発表し、ニュー・シティポップとも呼ばれる動きが生まれている。日本国内でも、cero, Awesome City Club, never young beach, 門脇更紗など、シティポップの要素を現代的に再解釈するアーティストが登場し、ジャンルは新たな展開を見せている。また、韓国のシティポップシーン(ユ・ギョン、キム・アレムなど)も注目を集めており、アジア全域での広がりを見せている。
3 代表的アーティストと作品
3.1 男性アーティスト
3.1.1 山下達郎
山下達郎は、シティポップを代表するシンガーソングライターであり、プロデューサーである。1975年のデビュー以来、ファンクやAORの要素を取り入れた独自のサウンドを確立した。代表作には『RIDE ON TIME』(1980年)、『FOR YOU』(1982年)、『POCKET MUSIC』(1986年)などのアルバムがある。特に「RIDE ON TIME」や「クリスマス・イブ」(1983年)は日本音楽史に残る大ヒット曲であり、シティポップの象徴的な楽曲として知られる。山下達郎の音楽は、緻密なアレンジと卓越したスタジオワーク、そして高音域の伸びやかなボーカルが特徴であり、シティポップの完成形の一つと評される。
3.1.2 大滝詠一
大滝詠一は、シティポップのパイオニア的存在であり、1970年代から活動を開始した。彼の音楽は、アメリカン・ポップスやAORの影響を強く受け、軽快でメロディアスな楽曲が特徴である。代表作には『A LONG VACATION』(1981年)があり、このアルバムはシティポップの金字塔として高く評価されている。また、ナイアガラ・レーベルを主宰し、多くのアーティストのプロデュースも手掛けた。「君は天然色」「夏のリビエラ」などの楽曲は、夏のリゾート地を連想させる開放感と哀愁が同居しており、シティポップの季節感表現の典型とされる。
3.1.3 松任谷由実(ユーミン)
松任谷由実(ユーミン)は、1973年のデビュー以来、日本のポップス界を牽引してきた女性シンガーソングライターである。彼女の音楽は、フォーク、ロック、ポップス、AORなど多様な要素を含み、特に1980年代の作品はシティポップの重要な一部として認識されている。代表作には『SURF & SNOW』(1980年)、『REINCARNATION』(1983年)、『DAWN PURPLE』(1991年)などがある。楽曲はしばしば都市や海、季節の移ろいをテーマとし、彼女の独特な情景描写と詩的な歌詞は多くのリスナーを魅了してきた。「中央フリーウェイ」「守ってあげたい」「DOWNTOWN BOY」などの楽曲は、シティポップの名曲として海外でも高い人気を誇る。
3.2 女性アーティスト
3.2.1 竹内まりや
竹内まりやは、1978年のデビュー以来、シティポップの女性シンガーとして広く認知されている。彼女の音楽は、ソウルやAORの影響を強く受けた洗練されたサウンドと、優しくも力強いボーカルが特徴である。1984年のシングル「Plastic Love」は、海外で最も知られるシティポップの楽曲の一つとなり、YouTubeでの再生回数は5000万回を超える。アルバム『VARIETY』(1984年)や『REQUEST』(1987年)はシティポップの傑作として評価が高い。また、夫である山下達郎とのコラボレーションも多く、二人三脚でシティポップシーンを牽引した。
3.2.2 中森明菜
中森明菜は、1980年代を代表する女性アイドル歌手でありながら、シティポップの文脈でも重要な位置を占める。デビュー当初は歌謡曲的なスタイルだったが、徐々に洗練された都会的なサウンドへと変貌を遂げた。『CRIMSON』(1986年)や『Stock』(1988年)などのアルバムでは、シティポップの要素を大胆に取り入れ、ダンサブルな楽曲からバラードまで幅広い曲調を披露した。「DESIRE -情熱-」「飾りじゃないのよ涙は」などの楽曲は、シティポップの文脈でも高く評価されている。
3.2.3 杏里
杏里は、1978年のデビュー以来、シティポップの女性シンガーとして不動の地位を築いた。彼女の音楽は、ラテン音楽やフュージョンの影響を強く受けたリズミカルな楽曲が特徴であり、シンガーソングライターとしても活躍している。代表作には『Timely!!』(1983年)、『COOL』(1984年)、『WAVE OF THE ZUVUYA』(1989年)などがある。「CAT'S EYE」はアニメ・タイアップとしても知られ、シティポップとアニメの関係を示す好例である。杏里の楽曲は、夏の海やリゾートを連想させる開放感と爽やかさが特徴で、海外でも高い人気を誇っている。
3.3 重要なバンド・ユニット
シティポップのバンド・ユニットとしては、南佳孝と杉真理によるバンド「サザン・オールスターズ」(ただしサザンはシティポップに限定されない多様な音楽性を持つ)、細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏によるYMO、そして杉清貴によるバンド「パイレーツ」などが重要な存在である。また、パーソナル・コンピュータやシンセサイザーを駆使したバンド「イエローマジック・オーケストラ(YMO)」は、シティポップとテクノポップの融合を推進し、その影響は計り知れない。
3.4 プロデューサーとスタジオ・ミュージシャン
シティポップのサウンドを支えたプロデューサーとスタジオ・ミュージシャンは、ジャンルの発展に不可欠であった。プロデューサーとしては、村松邦男(山下達郎のプロデューサー)、清水信之(多くの女性シンガーをプロデュース)、瀬尾一三(中森明菜などをプロデュース)、武部聡志(松任谷由実のプロデューサー)が挙げられる。スタジオ・ミュージシャンとしては、ドラマーの林立夫、ベーシストの後藤次利と高水健司、ギタリストの松原正樹と今剛、キーボーディストの松任谷正隆と富樫春生、パーカッショニストの斎藤ノブなどが多くの楽曲で演奏し、シティポップのサウンドを形作った。
4 サブジャンルと周辺文化
4.1 AORとの関係
AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)は、シティポップと密接な関係にあるジャンルである。AORは1970年代にアメリカで発展した、洗練されたメロディとタイトなアレンジを特徴とするロックのサブジャンルであり、シティポップはその日本の翻案とも言える。両者は、都会的なテーマ、高品質な録音、スタジオミュージシャンの活用などの共通点を持つ。日本のシティポップは、AORの要素を基盤にしながらも、ファンクやジャズ、ラテンの要素をより強く取り入れ、独特の進化を遂げた。日本のAORとして分類されるアーティスト(例えば、ハーパー兄弟の渡辺香津美、高中正義など)とシティポップのアーティストはしばしば重複する。
4.2 フュージョン・ジャズとの融合
シティポップとフュージョン・ジャズの融合は、ジャンルの発展に重要な役割を果たした。フュージョン・ジャズは1970年代に隆盛した、ジャズとロックやファンクを融合させた音楽であり、日本でも多くの優れたプレイヤーが活躍した。シティポップの楽曲には、フュージョン・ジャズの要素(複雑なコード進行、技巧的なソロ、タイトなリズムセクション)が頻繁に取り入れられている。特に、ギタリストの高中正義や渡辺香津美、キーボーディストの菊池ひみこや笹路正徳などのフュージョン・ジャズのアーティストは、シティポップの楽曲の制作にも積極的に関与した。
4.3 シティポップとアニメ
シティポップとアニメの結びつきは、1980年代の日本のメディア環境を反映している。多くのアニメ作品の主題歌や挿入歌としてシティポップの楽曲が使用され、その結果、アニメファン層にもシティポップが浸透した。特に、杏里の「CAT'S EYE」(アニメ『キャッツ・アイ』主題歌)、松任谷由実の「ルージュの伝言」(アニメ『魔女の宅急便』挿入歌)、大滝詠一の「君は天然色」(アニメ『思い出のマーニー』が後年に使用)などが代表的な例である。
4.3.1 サウンドトラックとの関連
アニメのサウンドトラックにもシティポップの影響は顕著である。特に1980年代のアニメ作品では、シティポップ的なサウンドが効果的に使用された。『うる星やつら』や『めぞん一刻』などの作品では、都市を舞台にしたストーリーとシティポップのサウンドが調和し、作品の雰囲気を高めた。また、スタジオジブリ作品では、久石譲の音楽にシティポップの要素が見られることがあり、『魔女の宅急便』のサウンドトラックはその代表例である。
4.4 ヴェイパーウェイヴ及び未来ファンクとの比較
ヴェイパーウェイヴと未来ファンクは、シティポップの再評価に決定的な役割を果たしたサブカルチャーである。ヴェイパーウェイヴは、1980年代の消費文化や情報社会をテーマにしたサンプリング音楽であり、シティポップの楽曲を slowed-down や reverb 加工して使用することが多い。一方、未来ファンクはヴェイパーウェイヴのサブジャンルであり、シティポップの楽曲をより積極的にサンプリングし、ファンクやディスコの要素を加えたアップテンポな音楽である。これらのジャンルは、シティポップの楽曲を新たな文脈で再解釈し、海外の若いリスナー層に紹介する役割を果たした。しかし、シティポップのオリジナルアーティストの一部は、このような無断サンプリングや加工に対して批判的な立場を取ることもある。
5 海外における受容と影響
5.1 アジア圏での再評価
アジア圏では、シティポップの再評価が特に顕著である。韓国では、2010年代半ばからシティポップがブームとなり、ユ・ギョン、キム・アレム、イ・スンチョルなどのアーティストがシティポップの影響を受けた作品を発表している。また、K-POPのアーティストもシティポップの要素を取り入れることが増え、TWICEの「FANCY」やRed Velvetの「Red Flavor」などにはシティポップ的な爽やかさが見られる。中国や台湾でも、インターネットを通じてシティポップが広まり、現地のアーティストによるオマージュ作品やイベントが開催されている。東南アジアでも、特にタイやインドネシアでシティポップの人気が高まっている。
5.2 欧米でのディスコ・ブームとサンプリング
欧米では、シティポップはディスコやファンクの文脈で受容されることが多い。特に、クラブミュージックのDJやプロデューサーがシティポップの楽曲をサンプリングし、新たな作品を制作することが増えている。例えば、米国のプロデューサーであるマック・デマルコは、シティポップの影響を公言しており、彼の音楽には日本のシティポップに通じる要素が見られる。また、カナダのバンドMen I Trustや、米国のバンドPoolsideなどもシティポップ的なサウンドを取り入れている。シティポップの楽曲は、ディスコやフェスティバルでも頻繁にプレイされ、欧米のリスナーに新たな音楽体験を提供している。
5.3 有名なプレイリストとコミュニティ
シティポップの国際的な普及には、オンラインのプレイリストとコミュニティが大きな役割を果たした。YouTubeの「City Pop」チャンネルや、Spotifyの「Japanese City Pop」プレイリストは、シティポップの楽曲を体系的に紹介し、世界中のリスナーに新たな発見の場を提供している。また、Redditのr/citypopコミュニティや、DiscordのCity Popサーバーでは、熱心なファンが情報交換やディスクカット(レコード交換)を行っている。これらのコミュニティは、シティポップの文化を継承し、発展させる役割を果たしている。
6 批判と議論
6.1 消費社会との関連性
シティポップに対する批判の一つは、その消費社会との密接な関連性である。シティポップの歌詞やアートワークは、しばしば消費文化や物質的な豊かさを称賛する内容を含んでおり、高級ブランド、高級車、リゾート旅行などのテーマが頻繁に登場する。このため、シティポップは単なる音楽ジャンルを超えて、資本主義的な価値観を美化するプロパガンダとして機能しているという批判がある。特に、バブル経済期の楽曲は、当時の過剰な消費文化を無批判に反映していると指摘される。しかし、一方でシティポップを擁護する立場からは、消費社会を批判的に描いた楽曲も多く存在し、ジャンル全体を単純に消費礼賛と見なすことはできないと主張される。
6.2 「夢の時代」の再解釈
シティポップの再評価においては、その楽曲が「失われた30年」以前の日本の高度経済成長期やバブル期を理想化したものとして捉えられることが多い。海外のリスナーにとって、シティポップは経済的繁栄と楽観主義に満ちた「夢の時代」のサウンドトラックとして機能している。しかし、このような見方は、当時の社会問題(不動産バブル、過剰な労働、ジェンダー不平等など)を無視したノスタルジックな解釈であるという批判もある。シティポップの楽曲が描く都市の輝きは、現実の複雑さを単純化した幻想に過ぎないという指摘は、現代の批判的議論において重要な論点となっている。
6.3 真正性への疑問
シティポップの国際的な人気が高まるにつれて、その真正性を巡る議論も生じている。海外のリスナーがシティポップを消費する際に、日本の文化や歴史に対する深い理解なしに、単にノスタルジックな商品として消費しているという批判がある。特に、ヴェイパーウェイヴや未来ファンクの文脈でシティポップが使用される場合、原曲の持つ文化的文脈やアーティストの意図が無視されることがある。また、シティポップの「発掘」や「再発見」の過程で、オリジナルの楽曲が持つ時代性やメッセージが軽視される傾向があるという指摘もある。これらの議論は、音楽の国際的流通における真正性と文化の盗用の問題を提起している。
7 現代における位置づけ
7.1 新世代のシティポップ・リバイバル
現代では、シティポップの要素を継承しつつも、現代的な感性で再解釈する新世代のアーティストが多数登場している。日本国内では、cero(メンバーの高城晶平と荒内佑)がシティポップ、AOR、フュージョン、ボサノヴァなどを融合させた独特の音楽性で注目を集めている。Awesome City Clubは、シティポップと現代のポップロックを融合し、ドラマタイアップなどで広く知られるようになった。never young beachは、1970年代の日本のポップスやシティポップの影響を受けた、メロウでノスタルジックなサウンドを特徴とする。門脇更紗は、フォークやシティポップの要素を取り入れた楽曲で、若い世代を中心に支持を集めている。これらのアーティストは、シティポップの伝統を尊重しつつも、現代の音楽シーンに合わせた新たな表現を模索している。
7.2 フェスティバルとイベント
シティポップのリバイバルを象徴するイベントとして、年々規模を拡大している音楽フェスティバルやイベントが多数存在する。日本では、「FUJI ROCK FESTIVAL」や「SUMMER SONIC」などの大型フェスでもシティポップの要素を取り入れたアーティストの出演が増えている。特に、シティポップ専門のフェスやイベントとしては、「CITY POP LOVERS」や「FLOAT CIRCUS」などが開催され、熱心なファンが集まる場となっている。海外でも、ロサンゼルスやニューヨークでシティポップをテーマにしたクラブイベントやフェスティバルが開催され、現地のアーティストとのコラボレーションも行われている。
7.3 音楽配信とレコード文化
現代のシティポップは、音楽配信サービスとレコード文化の両方で享受されている。SpotifyやApple Musicなどの配信サービスでは、シティポップのプレイリストが多数存在し、常に新たな楽曲が追加されている。また、YouTubeではシティポップの楽曲が数百万から数千万回の再生を記録しており、その人気は衰える気配を見せない。一方で、アナログレコードのリバイバルもシティポップの再評価を後押ししており、過去の名盤の再発売や、未発表音源の発掘が活発に行われている。レコードコレクターの間では、オリジナルプレス盤が高値で取引されることもあり、シティポップはコレクターズアイテムとしての価値も高まっている。このように、シティポップはデジタルとアナログの両方のメディアで新しいファンを獲得し続けている。