1 歴史
1.1 設立と黄金期(1924–1950年代)
1.1.1 3社合併による誕生
1924年、映画興行師マーカス・ロウの主導により、メトロ・ピクチャーズ、ゴールドウィン・ピクチャーズ、ルイス・B・メイヤー・ピクチャーズの3社が合併し、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)が誕生した。ロウは合併により制作、配給、上映の垂直統合を目指し、ルイス・B・メイヤーがスタジオ運営の実権を握った。MGMは直ちにハリウッド最大規模のスタジオへと成長し、カリフォルニア州カルバーシティに広大な撮影所を構えた。
1.1.2 スターシステムと名作群
MGMは「空にある星の数よりも多くのスター」を掲げ、グレタ・ガルボ、クラーク・ゲーブル、ジュディ・ガーランド、ジーン・ケリーなど錚々たる俳優を抱えた。1930年代から1940年代にかけて、『オズの魔法使』(1939年)、『風と共に去りぬ』(1939年)、『市民ケーン』(1941年)など映画史に残る名作を次々と発表。華麗なミュージカルや豪華な時代劇で「ハリウッド黄金期」の象徴となった。
1.2 変遷と衰退(1960–2000年代)
1.2.1 ケーブルテレビ・買収の波
1950年代以降、テレビの台頭により映画業界全体が斜陽化する中、MGMも経営難に直面した。1960年代にはスタジオの一部を売却し、リゾート・ホテル事業(MGMグランドなど)に進出。1980年代にはテッド・ターナー率いるターナー・ブロードキャスティング・システムに買収されたが、反トラスト法の制約により旧作フィルムライブラリーはターナーに残り、MGMは新作制作会社として再出発した。その後、クレディ・リヨネ、ソニーなどを経て所有権が転々とした。
1.2.2 破産と再建
2000年代に入り、MGMは債務超過に陥り、2010年に連邦破産法第11章の適用を申請。再建計画の下でスパイグラス・エンターテインメントと提携し、負債を整理した。2010年代後半には『ジェームズ・ボンド』シリーズや『ロッキー』シリーズなどを軸に安定した収益を上げるが、独立スタジオとしての規模は往年より縮小した。
1.3 Amazonによる買収と現在(2022年以降)
2022年3月、AmazonがMGMを約85億ドルで買収したことを発表。MGMは「Amazon MGM Studios」としてAmazonの子会社となり、プライム・ビデオ向けのコンテンツ供給と劇場公開の両方を担う体制となった。現在もカルバーシティのスタジオ施設を拠点に、新作映画やテレビシリーズの制作を継続している。
2 象徴的なブランド要素
2.1 ライオンロゴの変遷
2.1.1 歴代のライオンたち
MGMのロゴに登場する咆哮するライオンは、1924年の設立以来、複数の個体が起用されてきた。初代は「スレイツ」(1917年撮影の無声映画用)、その後「ジャッキー」「タナー」「ジョージ」「レオ」などが交代。歴代ライオンはいずれも実在の動物で、登録商標として保護されている。現在のロゴは1957年から使用されている「レオ」(Leo the Lion)である。
2.1.2 パロディとポップカルチャーでの扱い
MGMのライオンロゴは、映画・アニメ・コマーシャルなどで頻繁にパロディの対象となる。例えば『名犬ラッシー』では犬が咆哮するバージョン、『シンプソンズ』では猫や他の動物に置き換えられるなど、親しみやすいアイコンとして広く認知されている。また、ライオンの咆哮音は映画館の暗転とともに観客に映画開始を予告する効果音として定着した。
2.2 有名なキャッチフレーズとサウンド
「Ars Gratia Artis」(ラテン語で「芸術のための芸術」)がMGMの公式モットーである。これはアニメーションの短編などでも表示され、芸術性を重視するスタジオの姿勢を表している。また、映画開始時に流れるファンファーレ(「MGM Fanfare」、通称「ライオンの咆哮の前の音楽」)は、作曲家ナット・W・フィンストンが作曲したもので、映画史に残るトレードマーク・サウンドとなった。
3 主要作品とシリーズ
3.1 クラシック映画
3.1.1 『オズの魔法使』
1939年公開のミュージカル・ファンタジー。ジュディ・ガーランド主演で、カラーと白黒の切り替え、楽曲「Over the Rainbow」などで映画史に輝く名作。MGMが誇る特殊効果とスターシステムの粋を集めた作品であり、現在も世界中で愛され続けている。
3.1.2 『風と共に去りぬ』
同じく1939年公開の歴史恋愛大作。マーガレット・ミッチェルの小説を映画化し、ヴィヴィアン・リーとクラーク・ゲーブルが主演。南北戦争を背景にしたスケールの大きさと、アカデミー賞8部門受賞の記録を持つ。MGMが制作・配給し、スタジオの名声を不動のものとした。
3.2 フランチャイズ作品
3.2.1 ジェームズ・ボンドシリーズ
1962年の『007 ドクター・ノオ』以来、MGMは長年にわたりジェームズ・ボンドシリーズの配給・制作に関与。2000年代以降はユナイテッド・アーティスツ(MGM子会社)と共同でシリーズを手掛け、『カジノ・ロワイヤル』(2006年)以降の作品でも重要な役割を果たした。
3.2.2 ロッキー・ホラー・ピクチャー・ショー
1975年公開のカルト・ミュージカル映画。当初は商業的に失敗したが、深夜上映で爆発的人気を博し、現在も世界中で上映イベントが行われる。MGMが配給し、ロックとホラーとコメディを融合させた異色作としてスタジオの多様性を示した。
3.3 アニメーションとその他
MGMは1930年代から1960年代にかけて、『トムとジェリー』(ハンナ=バーベラ制作)などの劇場用アニメ短編シリーズで知られる。1980年代以降は『ピンクパンサー』(ユナイテッド・アーティスツ)や『スタートレック』シリーズの劇場版も配給。また、『2001年宇宙の旅』(1968年)や『真夜中のカーボーイ』(1969年)など、アカデミー賞受賞作品も多数輩出している。
4 経営体制と関連企業
4.1 歴代CEOと経営陣
4.1.1 ルイス・B・メイヤー
MGMの創業者であり、1924年から1951年までスタジオのトップとして君臨。豪邸でのパーティやスターとの契約で名高い。メイヤーは「ショーマンシップ」の体現者であり、スタジオシステムの完成者としてハリウッド黄金期を築いた。退任後もMGMの象徴的人物として記憶されている。
4.1.2 現代の経営
Amazon買収後は、Amazonスタジオズのトップであるジェニファー・ソルケが監督。MGM単体としてのCEOは歴代状況により変動し、2000年代にはハリー・E・スローン、2010年代にはゲイリー・バーバーらが経営を担った。現在はAmazon傘下で独立したブランドとして運営されている。
4.2 MGMスタジオと施設
4.2.1 往年のスタジオツアー
カルバーシティのMGMスタジオは、1930年代から1980年代にかけて一般公開ツアーを実施。映画セットの見学や特別効果の実演など、ハリウッドの裏側を見せる人気観光スポットだった。現在も一部の施設はAmazon MGM Studiosの撮影拠点として使用されているが、ツアーは原則終了している。
4.2.2 配給ネットワーク
MGMは自社配給網を持たない時期もあったが、Amazon買収後はAmazonのグローバル配信プラットフォーム(プライム・ビデオ)と劇場配給を組み合わせた体制を構築。また、ユナイテッド・アーティスツの名称を冠した配給部門も存在し、独立系作品の配給を担っている。