1 時系列分析の基礎
1.1 定義と対象
時系列分析は、観測順序に意味があるデータを扱い、その時間的な変化を記述、説明、予測するための統計的手法の総称である。対象には、一定間隔で記録される売上、気温、心拍、機器の稼働ログなどが含まれる。単発の値ではなく、前後の値との関係を重視する点に特徴がある。
1.2 時系列データの特徴
時系列データは、時間の経過に伴う規則的な動きと偶然的な揺らぎが重なって構成される。観測値は独立ではないことが多く、過去の状態が現在に影響する。さらに、長期的な増減、一定周期の繰り返し、突発的な変動などが同時に現れることも多い。
1.2.1 トレンド
トレンドは、長期にわたる上昇または下降の傾向を指す。人口増加、技術進歩、需要の拡大などにより、時系列の中心的な水準が徐々に移動する場合に見られる。短期的な変動と区別して把握することが重要である。
1.2.2 季節性
季節性は、一定の期間ごとに繰り返される規則的な変動である。月次売上の年末増加や、気温の年周期などが典型例である。周期の長さが既知であることが多く、予測では重要な手掛かりとなる。
1.2.3 周期性
周期性は、季節性に似ているが、繰り返しの間隔が固定されない場合を含む広い概念である。景気循環のように、長さや振幅が一定しない波状の変動として現れる。観測期間によって見え方が変わることもある。
1.2.4 不規則変動
不規則変動は、トレンドや季節性では説明しきれない偶然的な揺れである。測定誤差、外部要因の突然の影響、短期的な偶発事象などが原因となる。分析では、この部分を残差として分離しようとする。
1.3 時系列分析の目的
時系列分析の主な目的は、過去の構造を理解し、将来の値をより精度よく見積もることである。加えて、異常な挙動の発見、制御対象の監視、要因の把握、リスク評価にも用いられる。実務では、説明性と予測性能の両立が求められる。
2 時系列データの前処理
2.1 欠損値処理
欠損値は、記録漏れや機器障害などにより生じる。これをそのまま用いると、モデル推定や予測が不安定になるため、補完や除去が行われる。補完には前後の値を用いる方法、補間、統計的推定などがある。
2.2 外れ値処理
外れ値は、他の観測から大きく外れた値である。異常事象を示す場合もあれば、入力ミスや測定障害に由来することもある。除去、修正、別扱いのいずれを選ぶかは、分析目的とデータの性質に依存する。
2.3 平滑化
平滑化は、短期的な揺らぎを弱めて、全体の傾向を見やすくする処理である。ノイズの影響を抑え、変化の輪郭を把握しやすくする。視覚的な確認だけでなく、予測の前段階としても利用される。
2.3.1 移動平均
移動平均は、一定幅の区間に含まれる値の平均を順に求める方法である。局所的な上下動をならし、滑らかな曲線を得やすい。窓の幅を広げると平滑化は強くなるが、細かな変化は見えにくくなる。
2.3.2 指数平滑法
指数平滑法は、直近の観測により大きな重みを与え、古いデータの影響を指数的に小さくする方法である。単純な平均よりも新しい情報を反映しやすい。需要予測や在庫管理などで広く使われる。
2.4 変換と標準化
変換は、分散の不均一さや歪みを整えるために行う。対数変換や平方根変換は、振れ幅が大きい系列を扱いやすくする。標準化は、尺度の異なるデータを比較可能にし、複数変数を扱う際の基盤となる。
3 時系列モデル
3.1 確率過程の基礎
時系列モデルは、観測値を確率的な生成過程として捉える考え方に基づく。各時点の値は、過去の値や誤差項に依存して決まるとみなされる。これにより、単なる記述にとどまらず、将来分布の推定が可能になる。
3.2 定常過程と非定常過程
定常過程は、平均や分散、自己相関の性質が時間によらずほぼ一定である過程である。これに対し、非定常過程は、これらの性質が時点によって変化する。多くの手法は定常性を前提とするため、必要に応じて差分や変換を施す。
3.3 自己回帰モデル
自己回帰モデルは、現在の値を過去の値の線形結合で表すモデルである。一定の遅れまでの情報を使い、系列内部の依存関係を表現する。構造が比較的単純で、解釈しやすいことが利点である。
3.4 移動平均モデル
移動平均モデルは、現在の値を過去の誤差項の影響で説明する。観測できないショックの蓄積を表現するのに適している。短期的なランダム変動を記述する際に有効である。
3.5 自己回帰移動平均モデル
自己回帰移動平均モデルは、自己回帰成分と移動平均成分を組み合わせたものである。過去の値と過去の誤差の両方を取り込み、柔軟な表現が可能になる。実務では、基本的な標準モデルの一つとして用いられる。
3.6 差分自己回帰移動平均モデル
差分自己回帰移動平均モデルは、非定常な系列に対して差分を取り、定常化したうえで自己回帰移動平均モデルを適用する。トレンドを含むデータの解析に向く。差分の回数は、過剰でも不足でも性能に影響する。
3.7 季節変動を含むモデル
季節変動を含むモデルは、周期的なパターンを明示的に取り込む。通常の自己回帰移動平均モデルに季節項を加えることで、年周期や週周期を扱いやすくする。観測間隔と季節周期の対応が重要である。
3.8 状態空間モデル
状態空間モデルは、見えない内部状態と観測値の関係を分けて記述する枠組みである。ノイズを含む現実的な過程を柔軟に表現でき、構造の変化にも対応しやすい。経済、制御、信号処理などで広く利用される。
3.8.1 カルマンフィルタ
カルマンフィルタは、状態空間モデルにおいて逐次的に状態を推定するアルゴリズムである。新しい観測が得られるたびに予測を更新し、誤差を最小化する方向で推定を改善する。リアルタイム処理に適している。
3.8.2 観測方程式と状態方程式
観測方程式は、内部状態がどのように観測値として現れるかを表す。状態方程式は、内部状態が時間とともにどう変化するかを記述する。両者を組み合わせることで、観測と生成の関係を体系的に扱える。
4 解析手法と評価
4.1 相関分析
相関分析は、系列間または同一系列内の依存関係を調べる手法である。どの時点の情報がどの程度影響するかを把握するために用いられる。モデル設計の初期段階で有用な探索的手法となる。
4.1.1 自己相関
自己相関は、同じ系列の異なる時点同士の関連の強さを示す。ある遅れ幅で値が似る傾向があれば、そこに構造が存在すると考えられる。季節性や持続性の把握にも役立つ。
4.1.2 偏自己相関
偏自己相関は、他の遅れの影響を取り除いたうえで、特定の遅れとの直接的な関係を測る指標である。自己回帰次数の検討に使われることが多い。間接的な相関を除外して見られる点に特徴がある。
4.2 パラメータ推定
パラメータ推定は、モデルの係数や分散などをデータから求める過程である。最尤法、最小二乗法、ベイズ推定などが代表的である。推定の精度は、モデルの適合度と予測能力に大きく影響する。
4.3 モデル選択
モデル選択は、複数の候補から最も適切なものを選ぶ作業である。単純さと説明力のバランスが重視され、過学習を避ける必要がある。情報量規準や検証用データによる比較がよく用いられる。
4.4 残差診断
残差診断は、モデルで説明しきれなかった部分を調べ、仮定が妥当かを確認する手続きである。残差に自己相関や偏りが残っていないかを検討する。十分に白色化されていれば、モデルの適合が相対的によいと判断しやすい。
4.5 予測精度の評価
予測精度の評価では、実測値と予測値の差を定量化する。平均絶対誤差や二乗平均平方誤差などの指標が使われる。訓練データだけでなく、将来を模した検証データで確かめることが重要である。
5 応用分野
5.1 経済と金融
経済と金融では、価格、為替、需要、景気指標などの分析に時系列手法が使われる。変動が大きく、外部要因の影響も受けやすいため、リスク管理や予測の精緻化が重要になる。高頻度データの解析も盛んである。
5.2 気象と環境
気象と環境分野では、気温、降水量、風速、大気成分などが対象となる。季節性や長期傾向が明瞭で、予報や環境監視に直結する。観測網の不完全さを補うためにも、モデル化が役立つ。
5.3 工学と制御
工学と制御では、センサー信号や装置の状態推定に利用される。設備の安定運転、故障予知、制御系の設計において重要である。リアルタイム性が求められるため、計算効率も重視される。
5.4 医療と生体信号
医療と生体信号では、心電図、脳波、呼吸、血糖変動などを解析する。生体リズムや異常波形の把握により、診断支援や経過観察に応用される。個人差が大きいため、個別化されたモデル設計が課題となる。
5.5 情報科学と機械学習
情報科学と機械学習では、アクセスログ、通信量、利用履歴などの分析に時系列が用いられる。特徴抽出や予測モデルの構築において、時点間の依存をどう表現するかが鍵となる。深層学習との結合も進んでいる。
6 発展的話題
6.1 非線形時系列分析
非線形時系列分析は、直線的な関係では表しにくい複雑な変動を扱う。閾値効果や飽和、カオス的な挙動を含む場合に有効である。単純な線形モデルでは捉えにくい構造の記述を目指す。
6.2 多変量時系列分析
多変量時系列分析は、複数の系列を同時に扱い、相互作用を調べる。変数間の連鎖的な影響や共変動を把握できる。因果方向の推定や共同予測にも応用される。
6.3 変化点検出
変化点検出は、系列の性質がある時点で急に変わる箇所を見つける手法である。平均や分散、傾向の変化を対象とすることが多い。制度変更、環境変化、機器劣化などの兆候把握に役立つ。
6.4 異常検知
異常検知は、通常とは異なる挙動を自動的に見つける技術である。監視システムや不正検出、障害予兆の把握に利用される。正常パターンの学習と比較する方法が一般的である。
6.5 深層学習による時系列予測
深層学習による時系列予測は、ニューラルネットワークを用いて複雑な依存関係を学習する方法である。長期依存の表現や多量データの処理に強みがある。半面、解釈性や学習データの質が課題となることがある。