1 概要
尿崩症は、体が水分を保つ仕組みに障害が生じ、尿が必要以上に薄く大量に排出される病態である。抗利尿ホルモンの分泌低下、あるいは腎臓側の反応不全が関与し、強い口渇を伴うことが多い。進行すると脱水を招きやすく、生活の質にも影響する。
1.1 定義
尿崩症は、腎臓での水の再吸収が不十分となり、希釈された尿が多量に出る疾患群を指す。名称は糖尿病と似ているが、血糖異常ではなく水分調節の異常が本態である。
1.2 正常な水分調節との関係
通常、体内の浸透圧が上昇すると抗利尿ホルモンが分泌され、腎臓の尿細管で水の再吸収が促進される。これにより尿は濃縮され、体液量が保たれる。尿崩症ではこの調節がうまく働かず、水分が失われやすくなる。
1.3 主な特徴
代表的な特徴は、多尿、多飲、夜間頻尿である。尿の比重や浸透圧は低下し、十分に水分を取れない場合には脱水や高ナトリウム血症を来すことがある。原因により発症様式や重症度は異なる。
2 分類
尿崩症は、病変の位置や原因によっていくつかに分類される。臨床上は中枢性、腎性、妊娠関連、一過性の型が重要である。
2.1 中枢性尿崩症
下垂体後葉や視床下部の障害により、抗利尿ホルモンの産生または分泌が低下して起こる型である。水分保持の指令が不足するため、尿量が増える。
2.1.1 原因
脳腫瘍、外傷、手術後の障害、炎症、感染、自己免疫性変化などが原因となる。先天的な異常が背景にある場合もある。
2.1.2 病態
抗利尿ホルモンが不足すると、腎集合管での水再吸収が減少する。結果として大量の低張尿が排出され、血液は相対的に濃縮されやすくなる。
2.2 腎性尿崩症
抗利尿ホルモンは分泌されていても、腎臓がそれに適切に反応できない型である。ホルモン抵抗性とも呼ばれる。
2.2.1 原因
遺伝的異常、慢性腎疾患、電解質異常、特定の薬剤などが関与する。長期の腎障害が背景にあることもある。
2.2.2 病態
集合管での水再吸収に必要な機構が障害され、抗利尿ホルモンの作用が十分に発揮されない。飲水しても尿量が減りにくく、持続的な多尿となりやすい。
2.3 妊娠関連尿崩症
妊娠中に生じる一時的な型で、胎盤由来の酵素によって抗利尿ホルモンが分解されやすくなることがある。通常は妊娠に伴って発生し、分娩後に改善することが多い。
2.4 一過性の尿崩症
一時的な要因で起こる尿崩症で、原因が解消されれば改善することがある。術後や急性の病変後にみられる場合がある。
3 原因
原因は大きく、脳の障害、遺伝、腎臓の異常、外的要因に分けられる。複数の要素が重なることも少なくない。
3.1 脳の病変
視床下部や下垂体後葉に及ぶ病変は、中枢性尿崩症の主要因である。腫瘍、外傷、手術、炎症性疾患などが代表例である。
3.2 遺伝的要因
家族内発症を示す遺伝性の型があり、抗利尿ホルモンの合成異常や受容体、関連分子の異常が知られる。小児期から症状が目立つことがある。
3.3 腎臓の障害
腎実質の損傷や尿細管機能の低下は、腎性尿崩症の原因となる。慢性腎疾患や尿路の異常が関与する場合がある。
3.4 薬剤や他の要因
一部の薬剤は腎臓の反応性を低下させる。ほかに、電解質異常や全身状態の変化も尿濃縮能を弱めることがある。
4 症状
症状は水分喪失の程度と持続時間に応じて変化する。軽症では自覚しにくいが、進むと全身症状が明瞭になる。
4.1 多尿
最も典型的な症状で、尿量が著しく増える。淡い尿が頻回に出て、日中だけでなく夜間にも排尿回数が増える。
4.2 多飲
失われた水分を補うため、強い口渇と水を大量に飲みたい感覚が生じる。飲水が追いつかないと症状が悪化しやすい。
4.3 脱水
水分摂取が不足すると、口の渇き、倦怠感、皮膚や粘膜の乾燥が現れる。重い場合には意識障害や循環不全につながる。
4.4 電解質異常
水分喪失が進むと血清ナトリウムが上昇しやすい。これに伴い、頭痛、ふらつき、筋症状、神経症状が出ることがある。
4.5 小児にみられる症状
乳幼児では、哺乳不良、体重増加不良、発熱様の状態、ぐずりがみられることがある。年長児では夜尿や頻回の水分要求が目立つ。
5 診断
診断は、尿の性状、血液所見、ホルモン評価を組み合わせて行う。類似疾患との区別が重要である。
5.1 問診と診察
排尿回数、飲水量、夜間症状、発症時期、薬剤歴、家族歴を確認する。脱水の有無や神経学的所見も評価する。
5.2 尿検査
尿比重、尿浸透圧、尿量を調べる。低張尿が持続するかどうかが診断の手がかりとなる。
5.3 血液検査
血清ナトリウム、浸透圧、腎機能、電解質を確認する。体液濃縮の程度や背景疾患の把握に役立つ。
5.4 水制限試験
水分摂取を制限し、尿の濃縮反応を観察する検査である。必要に応じて慎重に実施され、専門的管理の下で行われる。
5.5 ホルモン関連検査
抗利尿ホルモンの評価や、作用をみる検査が参考になる。近年は関連指標を組み合わせて病型の判定を補助することがある。
5.6 鑑別診断
多尿を来す他の病態、たとえば糖尿病、精神的多飲、腎機能障害などと区別する。原因を誤ると治療方針がずれるため、慎重な見極めが必要である。
6 治療
治療は病型と原因に応じて異なる。水分補給を確保しつつ、必要に応じて薬物や原因治療を組み合わせる。
6.1 中枢性尿崩症の治療
不足している抗利尿ホルモン作用を補うことが基本となる。
6.1.1 薬物療法
合成類似薬が用いられ、尿量を減らし口渇を改善する。投与量は症状と検査値をみながら調整する。
6.1.2 生活管理
飲水のタイミングを整え、脱水を避けることが大切である。発熱、下痢、運動時には水分必要量が増えるため注意する。
6.2 腎性尿崩症の治療
腎臓の反応低下があるため、原因修正と補助的管理が中心になる。
6.2.1 原因疾患への対応
薬剤が原因なら変更を検討し、電解質異常や腎疾患があればその是正を行う。背景因子の調整が症状軽減につながる。
6.2.2 食事療法と水分管理
食塩やたんぱく質の過剰摂取を控えることで尿溶質負荷を減らす。十分な水分補給を保ち、急激な脱水を防ぐ。
6.3 妊娠関連尿崩症の治療
妊娠経過と母体状態を考慮しながら管理する。必要に応じて薬物を用い、分娩後の改善も見込んで経過をみる。
6.4 緊急時の対応
重度脱水や高ナトリウム血症では、医療機関での補液管理が必要となる。急速な補正は避け、電解質の変化を慎重に監視する。
7 予後
予後は原因、診断までの時間、治療反応性によって左右される。適切に管理されれば、長期に安定した生活を送れることが多い。
7.1 予後に影響する要因
中枢性か腎性か、可逆的な原因かどうかが重要である。併存疾患や水分管理の可否も結果に影響する。
7.2 合併症
脱水、高ナトリウム血症、腎機能悪化、成長障害などが問題となることがある。重症例では神経症状を伴う場合もある。
7.3 生活への影響
頻回の排尿や飲水の必要性は、睡眠、仕事、学業、外出に影響する。症状を把握しやすい環境づくりが有用である。
8 予防と注意点
すべての型を予防できるわけではないが、脱水回避と早期対応が重要である。原因薬の管理も再発防止に関わる。
8.1 脱水の予防
暑熱環境、発熱、下痢、運動時には水分喪失が増える。こまめな補水と体調観察が有効である。
8.2 服薬上の注意
原因となりうる薬剤を服用している場合は、自己判断での中断や変更を避ける。処方内容は定期的に確認する必要がある。
8.3 日常生活での工夫
水分をすぐ取れるようにし、夜間の移動時には安全にも配慮する。長時間の外出や旅行では、飲水手段と医療情報の携行が役立つ。
9 関連項目
糖尿病 抗利尿ホルモン 下垂体 腎臓 高ナトリウム血症 多尿 多飲 脱水 水制限試験