1 債権法の基礎
債権法は、特定の当事者の間に生じる請求関係を整理する法分野であり、日常の売買から事業上の取引まで広く関わる。中心となるのは、どのような原因で債権が生まれ、どの範囲の給付を求められ、履行されない場合にどのような救済が認められるかという点である。民法の中でも実務との結び付きが強く、取引の安全と当事者間の衡平を支える役割を持つ。
1.1 債権の意義
債権とは、ある人が他の特定の人に対して、一定の行為や金銭、物の引渡しなどを請求できる権利である。権利の内容は契約によって定められることが多いが、不法行為や不当利得のように法律の規定から直接生じる場合もある。債権は、権利者の側から見れば給付を求める力であり、義務者の側から見れば履行を受けるべき相手が明確な関係である。
1.1.1 債権と物権の違い
債権は特定の相手に対してのみ主張できる相対的な権利であるのに対し、物権は物そのものを直接支配する権利として、一般に第三者に対しても主張しうる。たとえば売買契約によって代金支払請求権が生じても、それは売主と買主の間の関係にとどまる。これに対して所有権は、他人の妨害を排して物の支配を及ぼせる。両者は性質が異なり、債権法は主として人と人との関係を規律する。
1.1.2 債権の目的
債権の目的は、給付の実現にある。給付は物の引渡し、金銭支払、作業の実施、一定行為の禁止など多様である。法制度は、当事者が期待する経済的利益を具体化し、その実現手段を用意することで、取引や生活関係の安定を図る。
1.2 債権法の体系
債権法は、債権の発生から消滅までを一連の流れとして扱う体系である。一般に、債権の共通原理や総論的な規律と、個別の発生原因や契約類型を扱う各論とに分けて理解される。この区分によって、複数の制度に共通する考え方を整理しつつ、具体的な法律関係にも対応できる。
1.2.1 総則と各論
総則では、債権の主体、内容、履行、移転、消滅など、複数の場面に共通する原理が扱われる。各論では、契約、不法行為、事務管理、不当利得といった発生原因ごとの規律が示される。両者は相互に補い合い、共通規範と個別規範の組合せによって実際の紛争に対応する。
1.2.2 債権法の位置付け
債権法は、民法の財産法の中心部分を構成し、物権法と並んで私法秩序の骨格をなす。物の帰属を定める物権法に対し、債権法は給付請求関係を調整する。現実の取引では両者が密接に結び付き、たとえば売買では所有権移転と代金支払が同時に問題となる。
1.3 債権法の基本原理
債権法の運用は、当事者の意思を尊重しつつも、社会的に相当な範囲へと調整される。個別の契約や請求関係が自由に形成される一方で、相手方の信頼や公平も保護される。こうした均衡を支えるのが、私的自治、信義誠実、権利濫用禁止の各原理である。
1.3.1 私的自治の原則
私的自治の原則は、当事者が自らの意思で法律関係を形成できるという考え方である。契約の締結、内容の決定、相手方の選択などに広い裁量が認められる。ただし、その自由は無制限ではなく、強行規定や公序良俗による制約を受ける。
1.3.2 信義誠実の原則
信義誠実の原則は、権利の行使や義務の履行を、相手方の信頼や取引上の常識に照らして誠実に行うべきだとする原理である。契約解釈、履行補助、交渉過程など、債権法の多くの場面で基準として働く。形式的には権利があっても、信義に反する方法は制限されうる。
1.3.3 権利濫用の禁止
権利濫用の禁止は、権利の形式的存在だけを理由に、著しく不当な結果をもたらす行使を排除する考え方である。権利は保護されるべきだが、その使い方が社会的相当性を欠くときは制約される。これは、債権者と債務者の利益調整における最終的な歯止めとして機能する。
2 債権の発生原因
債権は、当事者の合意や法律の定めによって生じる。最も典型的なのは契約であるが、他人の事務を処理した場合の事務管理、法律上の原因なく利益を受けた場合の不当利得、故意または過失による損害発生に基づく不法行為も重要な発生原因である。これらは、生活関係の中で広く見られる請求関係の基礎をなす。
2.1 契約
契約は、複数の意思表示が合致することによって成立し、当事者間に債権債務を発生させる。売買、賃貸借、請負、委任など多様な類型があり、経済活動の基本的な法形式である。契約内容は、当事者の合意により個別に形成される点に特徴がある。
2.1.1 契約の成立
契約の成立には、少なくとも二つの相互に対応する意思表示が必要である。通常は申込みと承諾によって合意が形成され、その内容が確定すると契約が成立する。成立時点は、権利義務の発生を判断するうえで重要である。
2.1.1.1 申込みと承諾
申込みは、相手方の承諾によって契約を成立させる意思を示す行為である。承諾は、その申込みに対して同意する意思表示を意味する。両者が内容的に一致したとき、契約が成立する。通信手段を介する場合には、いつ合意が到達したかが問題となることがある。
2.1.1.2 契約内容の確定
契約が有効に成立するには、主要な内容が確定している必要がある。給付の内容、対価、履行時期などが明らかであれば、権利義務の範囲を判断しやすい。細部が不足する場合でも、解釈規範や補充規定によって内容が補われることがある。
2.1.2 契約の種類
契約は、その内容や法的構造に応じていくつかの類型に分けられる。給付が相互に対応するもの、対価を伴うもの、物の引渡しを要するものなど、特徴に応じて理解すると整理しやすい。類型の把握は、契約違反時の救済や危険負担を考える際にも役立つ。
2.1.2.1 双務契約
双務契約は、当事者双方が互いに対価的な債務を負う契約である。売買や賃貸借が代表例で、片方の給付が他方の給付と対応する。履行の同時性や同時履行の抗弁が問題となりやすい。
2.1.2.2 有償契約
有償契約は、経済的な対価を伴う契約である。利益と負担が交換関係にあるため、取引上の公平が特に重視される。無償契約と比べて、当事者に期待される注意義務の程度が異なる場合がある。
2.1.2.3 要物契約
要物契約は、当事者の合意だけでなく、物の引渡しなど一定の実体行為を要して成立する契約である。類型によっては、合意とともに目的物の交付が必要となる。今日では諾成契約が広く用いられるが、要物性を持つ制度もなお理解されている。
2.2 事務管理
事務管理は、他人の事務を本人のために、法律上の義務なく処理する行為である。緊急時の保護や実務上の便宜を支える制度であり、善意で他人の利益を図った者を一定範囲で保護する。適切な管理が行われた場合には、費用償還などの請求が認められることがある。
2.2.1 事務管理の要件
事務管理が成立するには、他人の事務であること、本人のために行う意思があること、そして法律上の義務がないことが必要とされる。単なる自分の利益の追求や、義務に基づく処理は含まれない。要件を満たすと、管理者と本人の間に特別な法律関係が生じる。
2.2.2 事務管理者の義務と権利
事務管理者は、本人の利益にかなうよう注意深く処理する義務を負う。善良な管理者の注意が求められる場面が多く、本人の意思に反しないことも重要である。他方で、必要費の償還や損害の補償を求める権利が認められる場合がある。
2.3 不当利得
不当利得は、法律上の原因なく利益を受け、その結果として他人に損失が生じた場合に、利益の返還を求める制度である。公平の観点から、原因のない利益の保持を認めないことに特徴がある。契約がない場合でも、金銭や物の移転があったときに問題となる。
2.3.1 不当利得の成立要件
不当利得が成立するには、受益、損失、両者の因果関係、そして法律上の原因の欠缺が必要である。単に利益があるだけでは足りず、他人の損失と対応していることが求められる。法律上の根拠があれば、原則として返還請求は認められない。
2.3.2 返還義務の内容
返還義務は、受けた利益を原状に近い形で返すことを基本とする。金銭であれば同額返還、物であれば現物返還が中心となるが、現物が不可能なときは価額賠償が問題になる。善意か悪意かによって、返還範囲が変化することもある。
2.4 不法行為
不法行為は、故意または過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害し、損害を生じさせる行為である。被害者保護のため、加害者に損害賠償責任を負わせる制度として機能する。契約関係がない第三者間でも成立しうる点に特徴がある。
2.4.1 故意と過失
故意は、結果の発生を知りながらあえて行為する意思であり、過失は、必要な注意を欠いたために結果を生じさせる状態である。いずれも責任成立の中核となる。判断にあたっては、社会通念上期待される注意の程度が基準となる。
2.4.2 損害賠償請求権の発生
損害賠償請求権は、違法な行為により損害が生じたときに発生する。権利侵害、因果関係、責任原因、損害の存在が重要な判断要素である。賠償の目的は、被害者をできる限り損害発生前の状態に近づけることにある。
2.4.3 使用者責任と監督者責任
使用者責任は、被用者が事業執行中に他人へ損害を与えた場合に、使用者が責任を負う制度である。監督者責任は、責任無能力者を監督すべき者が一定の場合に責任を負う仕組みである。いずれも、被害者救済と危険の分配を図るための規律である。
3 債権の内容と効力
債権の内容は、どのような給付を求められるかによって定まる。給付が明確であるほど履行の判断は容易になり、履行されない場合には請求権や強制履行、損害賠償といった効力が問題となる。債権は単なる期待ではなく、法的に実現を求めうる力を持つ。
3.1 給付内容
給付は債権の中心的要素であり、その対象は物、行為、不作為に分かれる。内容の性質によって履行方法や違反時の救済が異なるため、まず給付の型を把握することが重要である。債権の分類は、この給付の違いに大きく依存する。
3.1.1 物の給付
物の給付は、特定の物を引き渡す、あるいは一定の物件的利益を移転することを内容とする。売買における目的物の交付が典型である。特定物か種類物かによって、履行不能の判断や危険の帰属が変わることがある。
3.1.2 行為の給付
行為の給付は、一定の作業、事務処理、情報提供など、積極的な行為を行うことを内容とする。請負や委任では、この類型が中心になる。行為の質や完成度が評価の対象となりやすい。
3.1.3 不作為の給付
不作為の給付は、ある行為をしないことを約束し、それを守る義務である。競業避止や使用禁止などがその例である。違反があった場合には、差止めや損害賠償が問題となる。
3.2 履行
履行とは、債務者が債権の内容に従って給付を実現することである。適切な履行があれば債権は満たされ、紛争は終了する。履行の場所、時期、方法が定められているかどうかは、債務の具体的な内容を判断するうえで重要である。
3.2.1 履行の方法
履行は、債務の内容に適合し、かつ相手方に不利益を与えない方法で行う必要がある。金銭債務では通貨や支払手段が問題となり、物の給付では引渡方法が問題となる。債権の趣旨に従った実現が求められる。
3.2.2 履行補助者
履行補助者は、債務者が履行のために用いる補助的な人や機関である。債務者が自ら行わずに第三者を使って履行する場合でも、一定の責任が債務者に帰属する。補助者の行為は、債務者の履行過程の一部として評価される。
3.2.3 履行場所と履行時期
履行場所と履行時期は、給付をどこでいつ行うかを定める要素である。これらが明確でないと、履行の遅延や受領拒否の判断が難しくなる。契約の性質や目的から、当事者の合理的意思を解釈して定められることが多い。
3.3 債権の効力
債権には、履行を求める力、必要に応じて強制手段を用いる力、損害賠償を請求する力がある。これらの効力は、債務者の任意履行がない場合に特に重要となる。債権が実効性を持つのは、法が救済手段を認めているからである。
3.3.1 履行請求権
履行請求権は、債権者が債務者に対して約束された給付を求める権利である。債権の基本的な効力として位置付けられる。請求が適法に行われることで、債務者は債務内容に応じた履行を迫られる。
3.3.2 強制履行
強制履行は、任意に履行されない場合に、国家の強制力を用いて給付を実現する手段である。金銭債務では差押えや換価が問題となり、非金銭債務では代替的な方法が用いられることがある。債権の実効性を担保する重要な制度である。
3.3.3 損害賠償請求権
損害賠償請求権は、履行されなかったことによる損失を金銭で補填させる権利である。履行利益の確保や損害の填補を目的とする。債務不履行だけでなく、不法行為でも中心的な救済として用いられる。
4 債権の変動と消滅
債権は、成立後も移転したり、内容が変化したり、一定の事由によって消滅したりする。債権譲渡や債務引受は、当事者の交代や責任分担の変更に関わる。消滅原因としては、弁済、相殺、免除などがあり、時効による消滅も重要である。
4.1 債権譲渡
債権譲渡は、債権者が自らの債権を第三者に移転することである。経済取引では、資金調達や債権回収の手段として広く用いられる。譲渡により新たな債権者が権利を取得し、旧債権者は原則として権利を失う。
4.1.1 債権譲渡の要件
債権譲渡には、譲渡人の有する有効な債権が存在し、譲渡意思が明確であることが必要である。譲渡禁止特約や債権の性質によっては制限を受けることがある。無制限に移転できるわけではなく、法律関係の安定も考慮される。
4.1.2 対抗要件
対抗要件は、債権譲渡の効力を第三者や債務者に主張するために必要な要件である。通知や承諾などがこれに当たる。対抗要件を備えることで、二重譲渡や第三者との競合を整理できる。
4.1.3 債務者の抗弁
債務者の抗弁は、譲受人に対して従前の債権関係に基づく反論を主張できる仕組みである。債務者は、譲渡前に有していた一定の抗弁を失わないことがある。これにより、債権譲渡によって債務者の地位が不当に不利になることを防ぐ。
4.2 債務引受
債務引受は、第三者が債務を引き受けることで、債務関係に変更を生じさせる制度である。債務者の交代や追加が起こりうるため、債権者保護の観点から同意や要件が問題となる。資金調達や組織再編などの場面で用いられることがある。
4.2.1 併存的債務引受
併存的債務引受では、元の債務者に加えて引受人も債務を負う。債権者にとっては担保が増える点で有利である。引受人と元債務者の関係は、内部的には求償の問題として処理される。
4.2.2 免責的債務引受
免責的債務引受では、引受人が新たに債務者となり、元の債務者は責任を免れる。債権者の利益に大きな影響を及ぼすため、慎重な同意や手続が必要となる。債務の帰属を明確に切り替える制度として位置付けられる。
4.3 債権の消滅
債権は、履行が実現したり、相殺や免除などの法律行為があったりすると消滅する。消滅は、債権関係の終結を意味し、当事者の将来の負担を解消する。どの原因で消えるかにより、付随する権利義務の扱いも異なる。
4.3.1 弁済
弁済は、債務内容に従って給付を実現し、債権を消滅させる行為である。最も基本的な消滅原因であり、通常は債務者本人または適法な第三者が行う。適切な弁済がなされれば、原則としてその債務は終了する。
4.3.2 相殺
相殺は、当事者が互いに同種の債務を負う場合に、一方的意思表示によって対当額の債務を消滅させる制度である。金銭債務で特に利用されやすい。双方の債務を簡潔に整理できる点が利点である。
4.3.3 代物弁済
代物弁済は、本来の給付に代えて別の給付を行い、債務を消滅させる方法である。金銭の代わりに物を渡すなど、柔軟な解決に向く。通常は当事者の合意が前提となる。
4.3.4 免除
免除は、債権者が債務者に対する債権を放棄し、債務を消滅させる行為である。債権者の一方的意思表示として行われることが多い。債務者にとっては負担軽減となるが、第三者の利益との関係が問題になる場合もある。
4.3.5 混同
混同は、同一人の中に債権と債務が帰属してしまうことで、債権が消滅する現象である。権利と義務が同一主体に集中すると、請求関係としての意味を失うためである。例外的に、第三者の利益保護のために消滅しない場合もある。
4.4 消滅時効
消滅時効は、権利を一定期間行使しないことによって、その権利が消滅する制度である。証拠の散逸や法律関係の長期不安定を防ぐために設けられている。権利者にとっては、権利行使の適時性が重要となる。
4.4.1 時効の進行
時効の進行は、権利を行使しうる時から一定期間が経過することで進む。期間の起算点や進行の停止・再開は、具体的な債権の性質によって異なる。単に時間が経てば自動的に問題が解決するわけではない。
4.4.2 時効の完成猶予
時効の完成猶予は、一定の事情がある間、時効の完成を一時的に止める制度である。交渉中や訴え提起前後など、権利者が行動している場面で用いられる。これにより、救済手段を実質的に確保できる。
4.4.3 時効の更新
時効の更新は、一定の行為や事由によって、それまで進行した時効期間が新たに計算し直されることである。承認や確定判決などが典型である。更新が生じると、権利者は改めて期間の利益を得る。
5 債権不履行と救済
債務が約束どおりに履行されないと、債権者はさまざまな救済手段を検討することになる。履行の遅れ、不能、不完全な履行は、それぞれ異なる法律効果を生む。解除や損害賠償は、実効的な救済として重要な位置を占める。
5.1 履行遅滞
履行遅滞は、履行可能であるのに、定められた時期に債務が果たされない状態である。単なる遅れであっても、債権者には不利益が生じるため、法は遅延に対応する救済を認める。継続的な不履行に対しては、追加の責任が問題となる。
5.1.1 履行遅滞の要件
履行遅滞が成立するには、履行期の到来、履行可能性、そして債務者の不履行が必要である。場合によっては催告が要件となることもある。履行不能とは異なり、まだ履行できる点が特徴である。
5.1.2 遅延損害金
遅延損害金は、履行遅滞による金銭的負担を補うために発生する利息的な損害賠償である。金銭債務で特に典型的で、遅れの期間に応じて算定される。債務者に履行を促す機能も持つ。
5.2 履行不能
履行不能は、債務の内容を実現できなくなった状態である。目的物の滅失や、行為の実施が事実上不可能になる場合が含まれる。不能が発生すると、履行請求よりも損害賠償や解除が中心的な問題となる。
5.2.1 後発的不能
後発的不能は、契約成立後に事情が変化して履行不能になることである。契約時には可能でも、事故や滅失によって実現できなくなる場合がある。債務者の責任の有無が、賠償や解除の判断を左右する。
5.2.2 危険負担
危険負担は、債務者の責めに帰せられない事由で履行不能になった場合に、どちらが反対給付の危険を負うかという問題である。給付と対価の関係をどのように調整するかが焦点となる。契約類型や法制度によって処理が異なる。
5.3 不完全履行
不完全履行は、履行が全くないわけではないが、内容が契約や法の要求を満たさない状態である。数量不足、品質不良、施工不備などが典型である。完全な履行に近いが、債権者の期待を十分に満たさない点で問題となる。
5.3.1 瑕疵ある履行
瑕疵ある履行は、給付に欠陥があり、通常期待される性能や品質を欠く状態をいう。見た目には引渡しがあっても、内容面で不十分であれば問題となる。欠陥の程度によって、修補請求や賠償が検討される。
5.3.2 契約不適合責任
契約不適合責任は、引き渡された目的物や提供された給付が契約内容に適合しない場合に生じる責任である。以前の瑕疵概念を整理し、契約内容とのずれを基準に救済を構成する。追完、代金減額、解除、損害賠償などが問題となる。
5.4 契約解除
契約解除は、一定の事由が生じたときに契約関係を将来に向けて解消する制度である。債務不履行が重大な場合に用いられ、当事者を元の関係に戻す機能を持つ。救済の中でも、契約の継続が不合理な場合に選ばれる。
5.4.1 解除の要件
解除には、債務不履行の存在と、解除を認めるだけの法的根拠が必要である。多くの場合、催告や相当期間の経過が求められる。軽微な違反ではなく、契約目的を損なう程度の不履行が重視される。
5.4.2 解除の効果
解除の効果として、契約は消滅し、当事者は受けた給付を原状に戻す方向で処理される。すでに移転した利益の返還が問題となるため、清算が必要になる。解除後の損害賠償請求が併せて問題となることもある。
5.5 損害賠償
損害賠償は、不履行や違法行為による損害を金銭で補填する救済である。実際の損失だけでなく、逸失利益や付随費用が対象となる場合がある。損害の範囲や因果関係の判断が中心的論点である。
5.5.1 通常損害
通常損害は、通常の事態の推移から予見できる損害である。一般的な取引実務に照らして、当然想定される損失が該当する。賠償範囲の基本となる。
5.5.2 特別損害
特別損害は、個別の事情により通常を超えて生じた損害である。予見可能性が重要で、相手方がその事情を知っていたかが問題となる。例外的な損害として慎重に扱われる。
5.5.3 過失相殺
過失相殺は、被害者側にも損害拡大に寄与する落ち度がある場合に、賠償額を調整する制度である。公平な負担を図るため、被害者の行動も考慮する。損害賠償を一方的な責任追及にしない機能を持つ。
6 各種債権関係
債権関係には、金銭を対象とするもの、複数人が関わるもの、担保的性格を持つものなど、さまざまな形がある。これらは通常の単純債権よりも複雑で、責任の分配や内部関係の整理が必要となる。実務では、信用取引や保証の場面で重要性が高い。
6.1 金銭債権
金銭債権は、一定額の金銭支払を目的とする債権である。最も一般的で、流通性が高く、履行も比較的明確である。利息や遅延損害金が付随することが多く、計算関係が重要になる。
6.1.1 利息
利息は、元本の使用に対する対価として支払われる金銭である。約定に基づくものと法定のものがあり、期間に応じて増減する。金銭取引では、元本と区別して考える必要がある。
6.1.2 遅延損害金
遅延損害金は、金銭債務の履行が遅れたことに対する損害賠償である。通常は一定の率で算定され、支払遅延の抑止効果も持つ。利息と似るが、法的性質は履行遅滞への補償である点に特色がある。
6.2 連帯債務
連帯債務は、複数の債務者が各自全額について責任を負う債務形態である。債権者は誰に対しても全額請求でき、回収の確実性が高まる。対外的な強さと、内部的な負担調整の両面を持つ。
6.2.1 連帯債務の効力
連帯債務では、債権者は一人の債務者に全額を請求でき、弁済があれば他の債務者にも効果が及ぶ。外部関係では債権者保護が厚い。もっとも、各債務者の内部的負担割合は別に考えられる。
6.2.2 求償関係
求償関係は、連帯債務者の一人が全額または超過部分を支払ったとき、他の債務者に負担分の返還を求める関係である。外部での一括責任と、内部での公平な分担を調整する役割を持つ。連帯債務の実務上の均衡点となる。
6.3 保証債務
保証債務は、主たる債務者が履行しない場合に、保証人がこれを肩代わりする債務である。信用補完の機能があり、貸付や賃貸借などで広く利用される。もっとも、保証人に重い負担を課すため、保護規定が重視される。
6.3.1 保証契約
保証契約は、保証人が主たる債務の履行を担保する約束である。原則として書面や電磁的記録など、意思を明確にする手段が求められる。主債務に付随する従たる性質を持つ。
6.3.2 連帯保証
連帯保証は、保証人が催告の抗弁や検索の抗弁を主張できない、より強い保証形態である。債権者にとっては回収しやすいが、保証人の負担は大きい。主債務者と同様の責任を負う場面が多い。
6.3.3 保証人保護
保証人保護は、情報格差や負担の過重を是正するための制度群である。説明義務、極度額の定め、一定の意思確認などがその例である。保証が安易に拡大しないように設計されている。
6.4 不可分債務
不可分債務は、性質上または約定上、分割して履行できない債務である。物の性質や契約の目的により、分割給付が適さない場合に問題となる。複数人が関与する際には、履行方法が特に重要になる。
6.4.1 不可分債務の意義
不可分債務は、債務の内容が全体として一体的であり、部分的履行では目的を達しないものをいう。たとえば特定の完成物の引渡しなどが該当しうる。分割可能な金銭債務とは区別される。
6.4.2 履行と分割
不可分債務では、履行を細かく分けて行うことができないか、分割すると債権者の利益を損なう。したがって、一括履行や共同履行が基本となる。分割の可否は、契約目的と給付の性質から判断される。
7 債権法の応用分野
債権法の規律は、個別の契約類型において具体的に現れる。売買、賃貸借、請負、委任、消費貸借などは、生活や事業で特に頻繁に用いられる典型契約である。それぞれに固有の義務関係があり、一般原理がどのように具体化されるかを示している。
7.1 売買
売買は、目的物の移転と代金支払を交換する契約である。財産取引の基本形であり、物品の流通に広く利用される。債権法の基本構造を理解するうえで最も典型的な例とされる。
7.1.1 売主の義務
売主は、目的物を引き渡し、契約内容に適合した状態で買主に移転する義務を負う。所有権移転のための手続や、必要な附随行為も問題になる。瑕疵や契約不適合があれば責任を負うことがある。
7.1.2 買主の義務
買主は、代金を支払う義務を負う。支払時期や方法は契約内容に従うが、原則として目的物の受領と対価支払が対応する。受領拒否や支払遅滞があれば、売主は救済を求めうる。
7.2 賃貸借
賃貸借は、目的物を使用収益させ、その対価として賃料を支払う契約である。住居、店舗、機械など、継続的利用の場面で重要である。一定期間にわたり権利義務が続く点に特徴がある。
7.2.1 賃貸人の義務
賃貸人は、賃借人が目的物を使用収益できるようにする義務を負う。目的物を引き渡し、必要な維持管理を行うことが求められる。利用可能性を確保することが契約の基礎である。
7.2.2 賃借人の義務
賃借人は、賃料を支払い、目的物を善良に使用する義務を負う。原状を大きく損なう使用は許されず、契約終了時には返還も必要となる。日常生活に密着した契約として、義務の内容が比較的明確である。
7.3 請負
請負は、一定の仕事の完成を約し、その成果に対して報酬を支払う契約である。建築、修理、制作などでよく見られる。単なる労務の提供ではなく、完成した結果が重視される。
7.3.1 仕事完成義務
請負人は、契約で定めた仕事を完成させる義務を負う。完成の有無や品質が重要で、途中経過だけでは足りない。成果物が契約内容に適合するかどうかが判断基準となる。
7.3.2 報酬支払義務
注文者は、完成した仕事に対して報酬を支払う義務を負う。完成と報酬は対価関係にあり、成果の受領や確認が支払判断に影響する。契約不適合があれば、報酬支払の問題も変化する。
7.4 委任
委任は、ある事務の処理を他人に依頼する契約である。法律行為の代理や事務処理など、信頼関係を基礎にした関係で用いられる。受任者の裁量と忠実性が重要である。
7.4.1 受任者の義務
受任者は、委任された事務を適切に処理する義務を負う。本人の利益を考慮しつつ、注意深く行動する必要がある。任された権限の範囲を超えないことも求められる。
7.4.2 報告義務
受任者は、事務処理の経過や結果を委任者に報告する義務を負う。情報の非対称を減らし、委任者が状況を把握できるようにするためである。委任関係では、信頼の維持に関わる重要な義務とされる。
7.5 消費貸借
消費貸借は、金銭や消費しうる物を相手に渡し、後で同種同等のものを返してもらう契約である。金銭消費貸借が代表的で、貸借の基本形の一つである。返還義務が本質であり、信用取引に密接に結び付く。
7.5.1 元本返還義務
借主は、借り受けた元本を、契約に従って返還する義務を負う。金銭であれば同額返還が原則である。返還時期を守ることが、消費貸借の中心的な要素である。
7.5.2 利息の有無
利息は、契約で定めた場合に生じるのが基本である。無利息の消費貸借もあり、必ずしも対価が伴うとは限らない。利息の有無は、資金提供の性格や当事者の合意によって決まる。