1 解剖
下垂体前葉は、下垂体の前方に位置する腺性組織で、複数の内分泌細胞から構成される。脳底部のトルコ鞍内に収まり、視床下部と密接に連絡しながら全身の内分泌調節に関与する。
1.1 位置と外形
下垂体前葉は、下垂体全体の大部分を占め、後葉と区別される。蝶形骨のトルコ鞍の底部にあり、上方には視交叉、側方には海綿静脈洞が位置する。形態は個体差があるが、一般にやや扁平な腺組織として記載される。
1.2 構成組織
前葉は上皮性の内分泌細胞と、それを支える間質、毛細血管から成る。細胞は機能ごとに分化しており、分泌顆粒をもつ。血流が豊富で、ホルモンを効率よく血中へ放出できる構造を備える。
1.2.1 腺細胞の種類
前葉には、成長ホルモンを分泌する細胞、プロラクチン産生細胞、甲状腺刺激ホルモン産生細胞、副腎皮質刺激ホルモン産生細胞、性腺刺激ホルモン産生細胞などがある。各細胞は特定の転写因子や調節因子により性質が保たれ、刺激に応じて分泌活動を変化させる。
1.2.2 血管と門脈系
視床下部からの調節物質は、下垂体門脈系を通じて前葉へ運ばれる。一次毛細血管網から門脈静脈を経て二次毛細血管網に至る経路により、少量の因子でも高い効率で標的細胞に作用する。これにより、局所的かつ迅速な内分泌制御が可能となる。
1.3 胚発生
下垂体前葉は、口腔外胚葉由来のラトケ嚢から発生する。視床下部起源の神経組織とは発生学的に異なり、のちに両者が隣接して機能的単位を形成する。発生過程の異常は、構造形成やホルモン分泌の障害につながることがある。
2 生理機能
下垂体前葉は、視床下部の指令を受けて多種類のホルモンを分泌し、成長、代謝、生殖、ストレス応答を統合する。分泌は脈動的で、日内変動や年齢、性差、栄養状態の影響を受ける。
2.1 視床下部による調節
視床下部は、放出ホルモンと抑制ホルモンを門脈系へ送り、前葉の分泌を精密に制御する。これにより、末梢内分泌腺からのフィードバックと連動した調整が行われる。
2.1.1 放出ホルモン
主な放出ホルモンには、成長ホルモン放出ホルモン、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン、性腺刺激ホルモン放出ホルモンがある。これらは前葉細胞を活性化し、対応するホルモンの合成と分泌を促進する。放出刺激は単独ではなく、睡眠、栄養、性成熟などの状態と結びついて変動する。
2.1.2 抑制ホルモン
代表的な抑制因子には、ソマトスタチンとドパミンがある。ソマトスタチンは成長ホルモンや甲状腺刺激ホルモンの分泌を抑え、ドパミンはプロラクチン分泌を抑制する。抑制性の制御は、過剰分泌を防ぐうえで重要である。
2.2 各ホルモンの分泌
前葉は複数のホルモンを同時に産生するが、それぞれの分泌は異なる調節機構に従う。生体は必要に応じてこれらを組み合わせ、恒常性を維持する。
2.2.1 成長ホルモン
成長ホルモンは、骨や筋肉の発育、蛋白合成、脂質代謝に関与する。小児では身長増加を支え、成人では体組成や代謝の維持に寄与する。分泌は睡眠時に増えやすく、栄養状態の影響も受ける。
2.2.2 甲状腺刺激ホルモン
甲状腺刺激ホルモンは甲状腺を刺激し、甲状腺ホルモンの産生を促す。これにより基礎代謝、体温調節、成長発達が調整される。血中甲状腺ホルモンは、視床下部と前葉へ負のフィードバックを及ぼす。
2.2.3 副腎皮質刺激ホルモン
副腎皮質刺激ホルモンは副腎皮質を刺激し、糖質コルチコイドの分泌を増やす。ストレス応答、血糖維持、炎症反応の調節に関わる。分泌には日内リズムがあり、早朝に高くなりやすい。
2.2.4 性腺刺激ホルモン
性腺刺激ホルモンには、卵胞刺激ホルモンと黄体形成ホルモンが含まれる。これらは卵巣や精巣に作用し、性ステロイドの産生、配偶子形成、月経周期や精子形成の維持に関与する。生殖機能の中枢的調整因子として働く。
2.2.5 プロラクチン
プロラクチンは乳腺に作用し、乳汁産生を促進する。妊娠・授乳期に重要であり、通常はドパミンによる抑制を強く受ける。分泌異常は、月経不順や乳汁漏出などに関係することがある。
2.3 標的器官への作用
前葉ホルモンは、直接組織に作用するものと、末梢内分泌腺を介して間接的に影響するものに分かれる。結果として、成長、代謝、繁殖、ストレス適応が協調的に制御される。前葉の障害は、複数臓器にまたがる症状を生みやすい。
3 病態
下垂体前葉の病変は、ホルモンの不足または過剰として現れる。さらに、腫瘍や周囲組織への圧迫によって、内分泌症状に加え神経学的症候を伴うことがある。
3.1 機能低下症
機能低下症では、1種類または複数のホルモン分泌が不十分となる。原因には腫瘍、炎症、外傷、手術、放射線、先天異常などが含まれる。
3.1.1 小児の成長障害
小児では成長ホルモン不足が目立ち、低身長や成長速度の低下がみられる。骨成熟の遅れを伴うこともある。早期発見により、成長障害の進行を抑えられる場合がある。
3.1.2 成人の内分泌異常
成人では、倦怠感、体重変化、筋力低下、月経異常、性機能低下などが問題となる。甲状腺刺激ホルモンや副腎皮質刺激ホルモンの不足が加わると、二次性甲状腺機能低下症や副腎不全に似た病像を示す。
3.2 機能亢進症
機能亢進症は、特定ホルモンの過剰分泌によって生じる。症候は分泌されるホルモンの種類により異なり、全身代謝や外見の変化をもたらす。
3.2.1 巨人症と先端巨大症
成長ホルモン過剰が成長期に起こると巨人症となり、骨端線閉鎖後に起こると先端巨大症となる。手足、顔貌、下顎、軟部組織の肥大が特徴的で、発汗増加や糖代謝異常を伴うことがある。
3.2.2 甲状腺機能亢進や副腎皮質機能亢進に関する症状
甲状腺刺激ホルモンや副腎皮質刺激ホルモンの過剰は、それぞれ末梢内分泌腺の活性化を招く。動悸、体重減少、暑がり、筋力低下、血圧上昇、皮膚変化などがみられることがある。症状は基礎疾患の種類によって差が大きい。
3.3 腫瘍と占拠性病変
下垂体前葉の病変では、良性腫瘍が代表的であるが、嚢胞や炎症性病変も鑑別に含まれる。病変の大きさや発生部位によって、内分泌障害と圧迫症状が組み合わさる。
3.3.1 下垂体腺腫
下垂体腺腫は、前葉由来の腫瘍として最も重要である。ホルモン分泌性と非分泌性に分かれ、前者では過剰分泌症状、後者では占拠効果が前景に立つ。診断と治療方針は、腫瘍の大きさ、分泌型、浸潤性によって決まる。
3.3.2 周囲組織への圧迫症状
腫瘍が増大すると、視交叉圧迫による視野障害、頭痛、眼球運動障害などが現れる。さらに、正常前葉の圧排により複数ホルモンの分泌低下が生じうる。症状は緩徐に進むことが多い。
4 検査と診断
診断には、臨床症状の把握に加え、血中ホルモン測定、画像評価、必要に応じた機能試験が用いられる。単一検査だけでなく、複数の情報を組み合わせて判断することが重要である。
4.1 ホルモン測定
血中の各種ホルモン濃度や、その下流にある末梢ホルモンを測定する。基礎値に加え、時間帯差や分泌の周期性を考慮する必要がある。異常値があっても、単独では病態を確定できないことがある。
4.2 画像診断
画像診断は、腫瘍の有無、サイズ、周囲への広がりを評価するうえで有用である。特に微小病変の検出や手術計画に役立つ。
4.2.1 磁気共鳴画像法
磁気共鳴画像法は、下垂体領域の評価に最も広く用いられる。軟部組織の描出に優れ、微小腺腫や周囲構造との関係を把握しやすい。造影前後の比較が診断精度を高める。
4.2.2 造影検査
造影検査では、病変と正常組織の血流差を利用して描出する。静脈相や遅延相での濃染差が手がかりになることがある。画像所見は他の検査結果とあわせて解釈される。
4.3 負荷試験と抑制試験
機能評価では、刺激物質を投与して反応をみる負荷試験や、抑制のかかり方を調べる試験が行われる。これらは、基礎値だけでは判断しにくい分泌異常の確認に有用である。実施には安全性の確認が必要である。
5 治療
治療は、原因病変の除去または制御と、不足するホルモンの補充を軸に組み立てられる。病型により、内科的治療と外科的治療を組み合わせる。
5.1 薬物療法
薬物療法では、分泌過剰を抑える薬剤や、腫瘍の活動性を低下させる薬が用いられる。プロラクチン過剰ではドパミン作動薬が代表的である。症例によっては、長期管理の中心となる。
5.2 手術療法
腫瘍性病変に対しては、経蝶形骨的手術が選択されることが多い。腫瘍縮小、圧迫解除、ホルモン過剰の是正を目的とする。手術適応は、腫瘍の性質、視機能、内分泌状態を踏まえて決定される。
5.3 放射線療法
残存腫瘍や再発例、手術が困難な例で放射線療法が検討される。効果は徐々に現れるため、長期的な経過観察が必要である。副作用として、後年に下垂体機能低下が生じることがある。
5.4 ホルモン補充療法
機能低下がある場合には、不足ホルモンを補う。甲状腺ホルモン、糖質コルチコイド、性ホルモン、成長ホルモンなどが対象となる。補充は生理的必要量を意識し、他の内分泌軸との関係を考慮して調整する。
6 関連項目
下垂体後葉 視床下部 下垂体腺腫 成長ホルモン 甲状腺刺激ホルモン 副腎皮質刺激ホルモン 性腺刺激ホルモン プロラクチン ソマトスタチン ドパミン ラトケ嚢 下垂体門脈系