ダートマス大学(Dartmouth College)は、アメリカ合衆国ニューハンプシャー州ハノーバーに所在する私立のリベラルアーツ大学であり、アイビーリーグの一員である。1769年にエレアザー・ウィーロックによって創設され、学部教育に重点を置く点が特徴で、柔軟な学期制「ダートマス計画(D-Plan)」や学生主導のアウトドア活動の伝統で知られる。また、タック・スクール・オブ・ビジネスやガイゼル医学大学院などの専門大学院も併設し、全米でもトップクラスの教育環境を提供している。自然豊かなキャンパスと強いコミュニティ意識が、学生生活の特色を形作っている。

1 歴史

1.1 創設期(1769年~19世紀初頭)

ダートマス大学は、イギリスからアメリカ植民地に渡った会衆派牧師エレアザー・ウィーロックによって1769年に創設された。ウィーロックは先住民の教育を目的とした学校を設立する計画を立て、イギリス国王ジョージ3世から勅許を得て、ニューハンプシャー州ハノーバーに大学を開校した。名称は、ウィーロックの支援者であったダートマス伯爵(第2代ダートマス伯爵ウィリアム・レッグ)にちなんで名付けられた。当初は小さな校舎で始まり、学生数も少なかったが、リベラルアーツ教育とキリスト教の価値観を融合した教育理念が確立された。

1.2 19世紀の発展

19世紀に入ると、ダートマス大学は徐々に規模を拡大した。1819年には、有名な「ダートマス大学対ウッドワード事件」が発生した。これは、ニューハンプシャー州政府が大学を公立化しようとしたのに対し、大学が勅許の保護を主張した訴訟であり、連邦最高裁判所は大学側の主張を認め、私立大学の自律性を確立する重要な判例となった。この判決により、ダートマスは私立大学としての地位を確定した。その後、カリキュラムの多様化や施設の拡充が進み、19世紀末までにアイビーリーグの一員としての基盤を築いた。

1.3 20世紀以降の改革

20世紀に入り、ダートマス大学は大きな変革を遂げた。1972年には男女共学化が実現し、それまで男子のみだった学部に女性が入学できるようになった。1980年代以降は、学際的な教育プログラムの拡充や、ダートマス計画の導入により、学生が自由に学期を組み合わせられる柔軟なシステムが整備された。また、21世紀にはグローバル化への対応として、海外留学プログラムの強化や多様性推進の取り組みが進められている。

2 キャンパスと施設

2.1 地理と建築様式

ダートマス大学のキャンパスは、ニューハンプシャー州西部のハノーバーという小さな町に位置し、コネチカット川沿いに広がる。キャンパス中心部は「グリーン」と呼ばれる芝生広場を囲むように配置され、ジョージアン様式や連邦様式の歴史的建造物が立ち並ぶ。赤レンガの校舎と白い柱が特徴的な建築は、ニューイングランド地方の伝統的な大学キャンパスの典型とされる。周囲は森林に囲まれ、自然環境が豊かである。

2.2 主要な学術施設

2.2.1 ベイカー・ベリー図書館

ベイカー・ベリー図書館は、ダートマス大学の主要図書館である。1928年に建設されたベイカー記念図書館と、その隣に1990年代に増築されたベリー図書館から構成される。ベイカー記念図書館は塔が特徴的な建築で、キャンパスのランドマークとなっている。所蔵数は約250万点を超え、貴重な古文書や特別コレクションも収蔵している。学生向けの学習スペースやグループワークルームも充実している。

2.2.2 フッド美術館

フッド美術館は、ダートマス大学キャンパスの中心に位置する公立美術館である。1985年に開館し、チャールズ・ムーアが設計したガラスとレンガのモダンな建物が特徴的。約6万5千点のコレクションを所蔵し、特にアメリカ先住民の工芸品や現代美術作品で知られる。学生や教職員だけでなく、一般公開もされており、教育プログラムや特別展も定期的に開催されている。

2.3 自然環境とアウトドア資源

ダートマス大学は、アウトドア活動に恵まれた環境にある。キャンパスからすぐの場所には、ハノーバー・イン・アンド・アウト・クラブが管理する広大な森林やトレイルが広がっている。また、近隣にはアパラチア山脈の一部であるホワイトマウンテン国立森林公園があり、ハイキング、キャンプ、スキーなどのレクリエーションが盛んである。冬季には、大学所有のスキー場であるダートマス・スキーウェイが利用可能で、学生や地域住民に親しまれている。

3 学術と教育プログラム

3.1 学部リベラルアーツ教育

3.1.1 カリキュラムの特徴

ダートマス大学の学部教育は、リベラルアーツに重点を置いている。学生は、人文科学、社会科学、自然科学の3つの分野から幅広く科目を履修し、批判的思考や多角的な視野を養う。必修科目として、第1年次セミナー(書き方と議論に焦点を当てた少人数クラス)や、言語・文化に関する要件がある。さらに、専攻(メジャー)と副専攻(マイナー)を組み合わせた柔軟なカリキュラム設計が可能で、学際的なダブルメジャーやカスタムメイド専攻も選択できる。

3.1.2 主要な専攻分野

学部で提供される専攻は約60以上あり、中でも経済学、政治学、歴史学、心理学生物学コンピュータサイエンスなどが人気が高い。特に経済学専攻は毎年多くの学生を集めており、卒業後に金融・コンサルティング業界へ進む者が多い。また、古典学や比較文学といった伝統的なリベラルアーツ専攻も根強い人気を誇る。学生は通常、2年次終了までに専攻を宣言する。

3.2 大学院・専門職大学院

3.2.1 タック・スクール・オブ・ビジネス

タック・スクール・オブ・ビジネスは、1900年に設立されたダートマス大学の経営大学院である。MBAプログラムを中心に、フルタイム、エグゼクティブ、オンラインの各プログラムを提供する。「タック」の愛称で知られ、世界中から優秀な学生が集まる。教育の特徴は、ケースメソッドとチーム学習を重視し、小規模なクラスで密接な指導が行われることである。卒業生はビジネス界で高い評価を得ている。

3.2.2 ガイゼル医学大学院

ガイゼル医学大学院は、1797年に設立されたアメリカ最古の医学大学院の一つである。MDプログラムを中心に、公衆衛生や生物医学研究の大学院プログラムも提供する。教育と研究の両面で高い水準を維持し、特にプライマリケアや地域医療への貢献で知られる。附属病院であるダートマス・ヒッチコック医療センターと連携し、臨床実習の機会も豊富である。

3.2.3 セイヤー工学部

セイヤー工学部は、1867年に設立されたダートマス大学の工学部である。学部レベルの工学教育(ABET認定プログラム)と、大学院レベルの修士・博士プログラムを提供する。リベラルアーツ大学の中での工学部というユニークな立場を活かし、技術的専門性と人文・社会科学の素養を併せ持つ人材育成を目指している。研究分野は、エネルギー、材料科学、バイオメディカル工学、コンピュータ工学など多岐にわたる。

3.3 ダートマス計画(D-Plan)

ダートマス計画(D-Plan)は、1970年代に導入された独自の学期制システムである。1年を4つの学期(秋、冬、春、夏)に分け、学生はその中から任意の学期を選択して履修する。この制度により、学生は自分のペースで学び、インターンシップや海外留学、自主研究などに柔軟に取り組むことができる。通常、学生は1年を通じて4学期のうち3学期をキャンパスで過ごし、残りの1学期を自由に使う。このため、キャンパスの人口は学期ごとに変化し、学年全体が同時に同じ授業を受けることはない。

4 学生生活と文化

4.1 寮制と住宅コミュニティ

ダートマス大学では、全学生がキャンパス内の寮に居住することを原則としている。1年生は特定の寮(フレッシュマン・レジデンス)に割り当てられ、同じフロアの学生とコミュニティを形成する。2年生以降は、住宅コミュニティ(ハウス・システム)に所属し、学年を超えた交流が促進される。ハウス・システムは2016年に導入され、6つのハウスがそれぞれ独自のプログラムやイベントを提供している。寮生活を通じて、強い結束力と所属意識が育まれる。

4.2 ギリシャ生活(フラタニティ・ソロリティ)

ダートマス大学では、ギリシャ文字の社交クラブ(フラタニティ・ソロリティ)が学生生活の重要な一部を占めている。約15のフラタニティと10のソロリティがあり、学生の約半数が参加している。これらの組織は社交イベント、コミュニティサービス、ネットワーキングの機会を提供する。ただし、飲酒やハラスメントの問題が過去に指摘され、大学は2010年代以降、安全対策や行動規範の強化に取り組んでいる。

4.3 伝統行事

4.3.1 ウィンターカーニバル

ウィンターカーニバルは、1911年に始まったダートマス大学の冬の伝統行事である。毎年2月に開催され、学生たちは雪像の制作コンテスト、アイススケート、スキー競技、パレード、コンサートなどを楽しむ。雪像はキャンパスの中央広場に設置され、しばしばユーモアや風刺を込めたテーマが選ばれる。このイベントは、厳しい冬を乗り切るためのコミュニティの結束を高める役割を果たしている。

4.3.2 ホームカミングとボンファイア

ホームカミングは、毎年秋学期に行われる伝統行事である。卒業生がキャンパスに戻り、フットボールの試合を観戦する。その中でも最も有名なのは、ホームカミング前夜に催される巨大なたき火(ボンファイア)である。学生たちによって積み上げられた薪の山に点火され、数百人が集まる。この行事は1920年代から続き、ダートマスの団結と熱意を象徴するものとなっている。

4.3.3 グリーンキー(卒業式の伝統)

グリーンキーは、卒業式に関連するユニークな伝統である。卒業生は卒業式当日、キャンパスの中心にあるグリーンと呼ばれる芝生広場に整列し、キャンパスを一周するパレードを行う。その後、学位授与が行われる。式典の後は、卒業生と家族がキャンパス内で記念撮影をするのが恒例である。また、卒業生は「ダートマス・アリゲーター」という校歌を合唱することが多く、強い愛校心を示す。

4.4 アウトドアとスポーツ

4.4.1 ダートマス・アウトドア・クラブ

ダートマス・アウトドア・クラブ(DOC)は、1909年に設立された学生運営のアウトドア活動団体である。ハイキング、カヤック、ロッククライミング、スキー、キャンプなど、年間を通じて様々なアクティビティを企画している。DOCは、初心者向けのプログラムから高度な遠征までを提供し、学生が自然と触れ合いながらリーダーシップやチームワークを学ぶ場となっている。また、大学所有のスキー場やボートハウスの管理も行っている。

4.4.2 NCAAディビジョンIスポーツ

ダートマス大学は、NCAAディビジョンI(フットボールのみFCS)に所属する。アイビーリーグの一員として、野球、バスケットボール、フットボール、アイスホッケー、ラクロス、サッカー、スキー、水泳、テニス、陸上競技など、34の競技において大学対抗戦を行っている。アイスホッケーとスキーは特に強豪として知られ、全米ランキングで上位に入ることも多い。学生アスリートは学業とスポーツの両立が求められるが、大学は手厚いサポートを提供している。

5 著名な出身者

5.1 政治・公共分野

ダートマス大学の卒業生には、多くの政治家や公人がいる。例えば、アメリカ合衆国上院議員のティム・ケイン(バージニア州、民主党)や、元国務長官のダニエル・ウェブスター(19世紀、在学したが卒業は短期間)。ジョン・F・ケネディ大統領も1940年に短期間在籍した後、ハーバード大学へ転校した。また、ノーベル平和賞受賞者であるメダ・ジョクナイト(ノーベル平和賞を初めて取得した女性の一人)も卒業生である。

5.2 ビジネス・実業

ビジネス界でも多くのリーダーを輩出している。代表的な人物として、ティファニー社のCEOであるジェームズ・J・レイマン、ゼネラル・エレクトリック社の元CEOジェフリー・イメルト、アップル社の元・最高財務責任者ピーター・オッペンハイマー、IBM社の元CEOトーマス・J・ワトソン・ジュニア(同大学理事会のメンバーでもあった)などがいる。また、投資家のウォーレン・バフェットの右腕チャールズ・T・マンガーも在学中にダートマスで学んだ(ただし卒業はしなかった)。

5.3 学術・文化

学術界では、物理学者でノーベル賞受賞者のオーウェン・チェンバレン、生化学者のポール・D・ボイヤー(ノーベル化学賞)、作家で批評家のジョン・アーヴィングなどが著名である。また、文化人類学者のマーガレット・ミードの教え子で、人類学者のローラ・ナダーも卒業生の一人。さらに、歴史家でピューリッツァー賞受賞者のデイヴィッド・マッカラフも在籍していた(卒業はイェール大学)。

5.4 エンターテインメント・メディア

エンターテインメント分野でも多くの人物を輩出している。俳優のジョージ・C・スコット(ただし卒業はしなかった)、コメディアンのバド・アボット、テレビプロデューサーのノーマン・リア、映画監督のショーン・ペン(短期在学)、脚本家のバック・ヘンリーなど。また、ジャーナリストでは、元NBCニュースのアンカーであるトム・ブロコー、『ニューヨーカー』誌の編集者デヴィッド・レムニックなどもダートマス出身である。